本研究は、顕微ラマン分光法で細胞内化学種組成の細胞間分布と単一細胞内時間ゆらぎを計測し、成長因子など外来信号に対する細胞応答性との関係を調べることによって、化学組成で定義される細胞状態の違いが細胞応答を決定し、さらに細胞の個別性を生み出す過程を明らかにすることを目的とした。 我々は最近、単一細胞の細胞質から得られるラマン散乱スペクトルの時系列計測を行い、細胞質の化学種組成が10分程度の時間スケールで激しくゆらいでいることを発見した。この発見を本研究の目的に沿って発展させるため、顕微鏡下で細胞を2週間以上の長期に渡って培養しつつ、経時的に単一細胞ラマン分光するシステムを開発した。 細胞分化因子HRGに応答したヒト乳癌由来細胞MCF7の分化過程を計測した予備的な結果から、分化因子HRGの有無だけでなく、細胞増殖によってもスペクトルの変動が現れることが明らかになった。分化と増殖は細胞集団内で同時に起こる現象であり、これらを分離して計測結果を解釈する必要がある。まず細胞内の空間情報から両者に特徴的な変動を分離抽出することを試みた。細胞核・細胞質および細胞膜を主として含む細胞周辺スペクトルを解析した。それぞれの部位は異なったスペクトルを持つが、分化と増殖を特徴付ける分離は不可能であった。そこで、分化・増殖・細胞死を考慮した細胞運命変化モデルをスペクトル変動に適用し、相空間モデルで解くことを考え基本的な計算アルゴリズムを考案したが、スベクトル成分が4以上のモデルについては計算能力の上から実用的でなく、計算時間短縮のための方法開発を継続しているところである。
|