研究課題
被子植物の体細胞は分化状態にあるが分化全能性を保持しており、物理的刺激・ストレス、環境条件の変化、生理状態の変化などによって脱分化し、さらには分裂・増殖・発生して個体へと再生する。一方、通常の受精による個体発生過程においては、未分化な卵細胞が精細胞と融合(受精)することで全能性を示す受精卵へと変換し、発生が進行する。本研究では、体細胞と受精卵の発生機構を詳細に解析および比較することで、それらの発生機作における共通点を明確にすることによって細胞の分化全能性の基幹機構が浮かび上がらせ、その知見をもとにして、植物細胞の発生・増殖および分化全能性機構の基本的原理の一端を解き明かすことを目的とした。昨年度に引き続き、プロトプラス作出に用いるカルスの誘導法、継代可能回数、組織的特徴などを検討し、培養期間(1ヶ月)、継代数(2回)、特徴(直径約2-6 mm、乳白色)の条件を決定した。次に、プロトプラスト作出の際の細胞壁分解酵素の組成および処理時間の至適化することで、約0.1%の効率でカルス由来のプロトプラスト集団から、分裂・増殖能を有する細胞を見出すことに成功した。これは、確率としては低いが、当該細胞を数個~10個程度回収することができれば、昨年度確立した少数の細胞でのトランスクリプトーム解析系を適用することが可能である。植物細胞の発生・増殖および分化全能性機構に関与する遺伝子群の効率的な機能解析手法として、シングルセルレベルでのPEG-Ca2+法による一過的遺伝子発現系の確立を進め、卵細胞および受精卵における発現に成功した。さらには、当該系を用いて、植物細胞のゲノム編集を可能にした。
3: やや遅れている
解析用のカルスの作出及び継代培養について検討を続けた結果、カルスは培養期間が約1ヶ月、継代培養が2回以内のものが望ましく、さらに、直径約2-6 mmでかつ乳白色を呈するカルスがプロトプラスト調製に適していることが確認された。さらに、プロトプラスト単離の際の細胞壁分解酵素の組成や処理時間を再検討したところ、セルラーゼ1%、ペクトリアーゼ0.1%の酵素液で2~6時間の処理が適正であった。これらの条件を用いてプロトプラストを調整・培養すると、約0.1%の効率でカルス由来のプロトプラスト集団から分裂・増殖能を有する細胞が再現性よく生じることを見出し、また、プロトプラストの培養を開始してから分裂が数回起こる培養期間が約3日ということも明らかになった。細胞10個程度からのトランスクリプトーム解析が可能になったことから、プロトプラスト、卵細胞、受精卵などを直接的に用いた遺伝子機能解析法の確立を検討した。昨年度確立したPEG-Ca2+ transfection法によるイネ卵細胞への物質導入系を用いてイネ受精卵への遺伝子導入系の確立し、ターゲット遺伝子候補の機能解析を行うことを試みたところ、受粉後の花から単離したイネ受精卵ではプラスミドの導入およびその発現が確認できなかったが、in vitro受精系で作出した受精卵(融合・受精後約1時間)を用いることで、約7割のプラスミド導入効率が示された。さらに、GFPおよびDsRedをコードする2種のプラスミドDNAを共導入すると、導入が確認されたすべての細胞で両方の蛍光シグナルが同一細胞中に確認された。さらに、PEG-Ca2+ transfection法とCRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を組み合わせることで、シングルセルレベルでのゲノム編集法の確立を試みた。その結果、CRISPR/Cas9ベクターおよびCas9タンパク質-gRNA複合体の直接導入により、処理した受精卵の約4-33%から、標的変異導入された植物体が得られた。
調整したプロトプラスト集団の中から増殖性プロトプラストを効率よく見出すために、核が蛍光ラベルされた形質転換イネからカルスを作出し、プロトプラスト作製の材料とする。また、プロトプラストの培養を開始してから分裂が数回起こる培養期間(約3日)の連続観察を行うことで、分裂する増殖性プロトプラストの細胞学的特徴を見出す。次に、増殖性プロトプラスト、および非増殖性プロトプラスト各10個を用いてトランスクリプトーム解析を3反復行う。増殖性および非増殖性プロトプラストのデータ解析・比較により、増殖性プロトプラスト中で発現が著しく高い遺伝子群を同定する。さらにそれら遺伝子群と、昨年度同定された受精により発現が著しく誘導される遺伝子群を比較・解析することにより、受精卵および増殖性プロトプラストで共通して誘導される/高発現する遺伝子群を特定する。上記の遺伝子群に対するRNAiコンストラクトやMOアンチセンスオリゴを、PEG-Ca2+法により受精卵および増殖性プロトプラストに導入し、それら細胞の分裂・増殖が阻害されるか否か観察する。阻害効果が確認された際は、当該遺伝子の高発現コンストラクトを作製し、それらを卵細胞および非増殖性プロトプラストに導入する。それらを培養し、導入細胞(卵細胞または非増殖性プロトプラスト)で分裂が誘導されるか否か調べ、誘導効果を示した遺伝子を分化全能性に関与する遺伝子候補とする。さらに、それら候補遺伝子に対するノックアウト植物を昨年度確立したゲノム編集技術により作出し、それらイネから得られる受精卵およびプロトプラストを用いた解析を進めることで、体細胞と受精卵において共通する発生機作の一端を明らかにする。
増殖性プロトプラストの次世代シークエンス解析を予定していたが、昨年度中に増殖性プロトプラストの培養系の確立までは到達できたが、その細胞を非増殖性のプロトプラスト群の中から単離または分離するには至らなかった。ゆえに、卵細胞・受精卵に関しては予定通りに解析を終えているが、プロトプラストに関しては次世代シークエンス解析を行っていない。このことが、次年度使用額が生じた理由である。
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