研究課題
生体膜共役輸送系は、栄養の取り込みや老廃物の排出に働き、細胞存続の基盤となる輸送系である。H+共役型とNa+共役型が知られていて、植物と動物を区別する大きな要素である。我々は陸上植物の祖先種とされるシャジクモのリン酸輸送系はNa+共役型であることを報告し、細胞膜型リン酸輸送体遺伝子を単離し、それが高等植物の細胞膜リン酸輸送体全ての祖先型であることを見出した。本研究では、この共役輸送系の進化を明らかにするために、シャジクモ類のさらなる祖先種として、海水から汽水までの多様な環境で生育できる緑藻類の一つアオサ類の栄養塩輸送機構に着目し、遺伝子解析と膜輸送生理解析を組み合わせ、海藻の生体膜共役輸送系の分子基盤と進化を明らかにすることで、海水環境→淡水環境→陸上という、光合成生物の生態の進化を、生体膜共役輸送系という分子の言葉で記述することを目指した。本年度は、昨年度に引続き実験材料Ulva compressa(ヒラアオノリ)が、Na+欠乏条件でどのような生理応答をするかを検討し、海水環境からNa+欠乏環境に移した時に、極めて迅速に細胞内Na+のみを選択的に減少させること明らかにした。また、この時外液の浸透圧をSorbitolによって海水と同じ値に保っておくと、外液Sorbitolの流入によって浸透圧は維持されるが、Na+は選択的に減少することが明らかになった。これは、これまで植物細胞で知られていたイオンや浸透圧調節とは全く異なる機構である。また、アオサ類のRNA-seq解析から、リン酸輸送体と想定される遺伝子を二つ見つけた。さらに、シャジクモ細胞膜リン酸輸送体をクローニングし、そのcRNAをアフリカツメガエルの未受精卵に導入することで、生理機能と分子構造の関係の解明を進めている。アオサ属のリン酸輸送体がシャジクモの物とどのように異なるかの検討も行った。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究では、リン酸輸送機構の進化を中心に解析を進めており、その目的については、生理レベルの解析、遺伝子レベルの解析について、当初の予定通りの研究が進んでいる。さらに、その解析過程で、異なるNa+欠乏条件下で藻体を生育させた際に、細胞内Na+濃度の調節が細胞の膨圧とリンクしないことを見いだし、それが外液浸透圧調節物質の流入とリンクすることを明らかにした。これは、これまで植物生理学の常識であった、細胞の膨圧変化が、細胞内のイオン調節のトリガーとなるということと大きく異なっているため、現在その現象の解析を進めている段階である。細胞内Na+濃度の調節過程は、Na+共役型イオン輸送機構の進化を探る研究目的そのものとも密接に関わることがらであり、現在、その解析をも視野に入れつつ研究を進めている。さらに、シャジクモPht1型リン酸輸送体の生理機能と分子構造の関係の解明を進め、現在予備実験段階ではあるが、これまでH+共役とされていたPht1型リン酸輸送体がシャジクモの場合はNa+共役である可能性が示唆されている。
今後の研究として、1. アオサ類におけるリン酸輸送体遺伝子の同定とクローニング:アオサ類のRNA-seq解析から、リン酸輸送体と想定される遺伝子を二つ見つけている。その遺伝子をクローニングし、酵母やアフリカツメガエル未受精卵などの異種遺伝子発現系を用いて、実際の輸送能を明らかにする。2.シャジクモPht1型リン酸輸送体が本当にNa+共役型なのかを明らかにし、その分子構造と共役イオンの新しい関係を明らかにする。3.リン酸環境とNa+環境の認識:陸上植物は外部リン濃度に応じて、リン酸輸送体の遺伝子発現を調節することが知られている。我々の研究は、シャジクモでは遺伝子発現ではなく、リン環境に応じた翻訳後調節の存在の可能性を示唆した。陸上植物と藻類の間でリン環境の認識機構も異なるのか検討を進める。4.アオサでは、Na+環境の認識が膨圧調節そのものにリンクしている可能性が示唆されたことから、これまでいかなる植物においても明らかにされていない、Na+環境の認識機構の解析につなげる可能性を検討する。
アオサの遺伝子発現解析や生理解析を進めており、追加実験が必要となったこと、シャジクモリン酸輸送体の分子機能解析が尚続いていることなどから、一部研究費を次年度に回して、より効率よく使用することとした。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
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