研究課題/領域番号 |
16K14805
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
嶋田 正和 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (40178950)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 細胞性粘菌 / 協力行動 / 進化動態 / 細胞系譜 / 分業 / 社会形成 / 進化ゲーム / DNAバーコード |
研究実績の概要 |
代表の嶋田は院生柴崎と共同で、子実体形成(胞子:無性生殖)とマクロシスト(有性生殖)の共存を数理モデルで解明した。平成28年度 J. Theor. Biol. 誌に掲載された結果を発展させ、マクロシスト単独では協力が進化的に不安定だとしても、子実体とマクロシストが共存することでマクロシスト形成の協力が子実体形成の副産物となり、進化的に安定な戦略 (ESS)となることが分かった。現在Proc. Royal. Soc. Lond 誌で査読を受け、改訂の上で再投稿した。 代表の嶋田、連携研究者の城川と澤井は平成29年度に良好な結果が出つつあったため、引き続き変動環境下での細胞系譜の進化をさらに検証した。生活環での社会生活(飢餓)と単独生活(富栄養下で増殖)のスイッチの安定性を維持する進化メカニズムを実験と理論から検証した。実験的にこのスイッチの安定性を崩し、社会形成の途中で単独生活に戻る細胞系譜をつくり、社会の中でどのように扱われるかキメラ実験で調べた。イメージングの結果、一部は単独生活に移行できたが、残りは社会の中で利他行動を行う細胞に分化することがわかった。原因としては、細胞接着が変化し社会的順位が変化することが示唆された。次にAdaptive dynamicsの理論モデルを用い、社会形成の途中で単独生活に移行する細胞の侵入可能性を検証した。栄養回復を感知して細胞接着を減退させる速度を量的進化形質とした。その結果、単独生活に移行する系譜は進化の中間段階で適応度地形の谷に落ち、有利な状態まで進化できないことがわかった。社会生活と単独生活の間を移行する生活史は昆虫をはじめ多くの分類群でみられるが、その移行の安定性が維持されるしくみは明らかではない。本研究はその進化メカニズムを説明する新たな結果である。この結果を第33回個体群生態学会で発表し、現在PNAS誌に投稿直前である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
代表の嶋田は院生・柴崎を指導して、「細胞性粘菌の生活史での子実体形成と有性生殖の2つの進化ゲームの共存を介して協力行動の維持」のサブテーマを発展させた。平成28年度数理生態学の代表的な国際誌に掲載につづき、2報目は国際会議ECAL2007紀要に載った。従来の研究では調べられていない、子実体形成(胞子による無性生殖)とマクロシスト(有性生殖)の共存を扱う新展開であり、思いがけない発展だと評価できる。これは期待以上の成果である。 代表の嶋田、連携研究者の城川と澤井による、変動環境下での細胞系譜の進化は、単独生活と社会形成一般に通じる、普遍性の高い重要な結果をまとめることができたと評価できる。そして投稿直前の段階にある。最終年度に得られる進化動態のデータとあわせて、細胞系譜の進化という枠組みで、本研究グループの国内外での高い優位性を示すことが期待できる。 DNAバーコード導入による細胞系譜のジェノタイピングに関して一部遅れた理由は、連携研究者の城川が、変動環境下での細胞系譜の進化のテーマに集中したことが一因である。ただ幸運なことに、DNAバーコード導入による細胞系譜のライブラリは、海外のグループにより作成され、リソースセンターにて公開直前であることがわかった。これにより実験操作にかかる時間を大幅に短縮できる見込みである。残りあと1年で確実な結果を出すために、重要な部分に焦点を絞り計画の見直しを行ったため、平成30年度には重要部分の結果は得られると予想される。よって、総合的に判断すると全体としての評価は、堅調に進展していると位置づけられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度では、城川と澤井で、細胞性粘菌の進化動態を検出するため、ジェノタイピングのためのランダムバーコードを導入した細胞をシーケンスする。すでにその一部はHarwoodら海外のグループにより作成され、リソースセンターにて公開直前である(GWDI-bank)。これはゲノム上に遺伝的変異をランダムに加えた細胞集団に標識のバーコードを付加したライブラリである。我々は、遺伝的変異が大きい低血縁度集団とクローン集団にバーコードを付加した高血縁度集団の二つの作成を計画していた。今年度確実な結果を出すため、この既存のライブラリを用いた低血縁度集団の解析のみに絞る。150細胞分裂世代(15生活史世代)の植え継ぎを約4ヶ月で完了し、次世代シーケンサーHiSeq2000を用いて解析する。 嶋田と城川で、実験データを説明する数理モデルを構築する。低血縁度集団で均一に混ざり合った遺伝的に多様な系統の相互作用に焦点を絞ると、進化動態はn種リプリケーター方程式で表現されるゼロサムゲーム(相互作用を反対称ランダム行列とする)がその基礎となると考えられる。理由は(1)制限酵素処理によるランダムな遺伝的変異は多様な競争力の系譜を生みだすこと、(2)細胞性粘菌の社会形成は、遭遇した系譜同士は一方がより多く受益者となり、もう片方は逆に多く協力コストを支払うという構造を持つからである。このモデルは定常状態では、多種の共存(互恵状態)をもたらすことが知られている。一方で相互作用だけでなく、裏切り系統への対抗力を獲得する共進化が報告されている(10生活史世代程度の進化)。よって前述の相互作用のみのリプリケーター方程式での系譜の頻度分布を帰無仮説として、実際の進化動態と比較することで、共進化や高次の相互作用が系譜の頻度分布に与える影響を検出できる。協力行動を経た進化動態に対して、実データをもとにした検証が期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由:すでに得られた重要な結果をまとめる論文執筆に時間を要し、実験の進行が遅れたこと、またシーケンスには、一度にまとまった高額な費用が必要であるため、次年度分と合わせて一挙に遂行する方が、研究上効率が良いため。 使用計画:次年度の配分額と合わせて次世代シーケンスをまとめて行う。
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