水田は人類最大の食料生産基地である一方、強力な温室効果ガスであるメタンの大きな排出源でもある。水田からのメタン排出量は、水稲の根圏で生じるメタンの「生成」と「酸化」(分解)の差し引きで決まる。そのため、メタン排出量の削減策を評価・開発する上では、排出量の変化が生成・酸化のどちらのプロセスによってもたらされるかを把握する必要がある。ところがこれまでは生成・酸化の両者を現場で区別して定量することは技術的に難しかった。本研究は、メタンの水素・炭素同位体分子種の反応性の違いを利用し、実際の現場で同位体分別の情報からメタン酸化が定量できるかどうかを検証した。 前年度までに日本に広く分布する灰色低地土水田においてメタン酸化阻害剤を用いて試験を行った結果、イネ根圏では確かにメタン酸化が生じており、最大で生成されたメタンの約30%が大気へ放出される前に分解されていること、一方、予想に反し、メタン酸化の際に炭素同位体の分別は殆ど生じていなかった。そこでH30年度は炭素よりも大きな分別が生じると考えられる水素の同位体比を外部機関の協力を得て測定したが、やはりメタン酸化に伴う同位体分別は検出されなかった。既存の研究は、排出されるメタンの同位体比の変動がメタン酸化の変化に起因すると仮定しているが、本研究の結果からその仮定は少なくとも今回の条件では満たされないことが分かった。 今回の結果から、メタン酸化の制限要因は必ずしもメタン酸化菌による酵素反応自体ではなく、基質であるメタンや酸素の可給性等にある可能性が浮上してきた。その場合、同位体情報からメタン酸化を定量することは難しいと結論せざるを得ない。一方で、排出されるメタンの同位体比自体には大きな日・季節変動が観測された。この変動を解明することで、メタンの輸送プロセスや基質(炭素)源、あるいはメタン生成経路に関する情報が得られると考えられた。
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