研究課題/領域番号 |
16K14887
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
若井 暁 神戸大学, 科学技術イノベーション研究科, 特命准教授 (50545225)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 分子生物学 / 糸状菌 / マルチコピー / 次世代シーケンス / 長鎖DNA / 多重遺伝子導入 / 多重遺伝子破壊 |
研究実績の概要 |
麹菌Aspergillus oryzaeでは、分子ツールが潤沢でないため遺伝子工学的な改変に多くの制限と多大な時間と労力を要する。一方で、A. oryzaeでは、染色体上に非相同的に組み込むコトランスフォーメーションによりマルチコピーで遺伝子導入が可能であることが経験的に知られている。本研究では、コトランスフォーメーションにおける染色体上遺伝子導入部位偏重を解析し、新しいマルチ遺伝子破壊法や多種類遺伝子の同時導入法開発を目指している。 (1)次世代シーケンス解析による導入部位の特定:染色体上にマルチコピーで導入された遺伝子断片が、どの位置にどのような形で導入されているのか検討するために平成28年度まではMiSeqを用いて検討していた。しかしながら、この方法ではタンデムに並んで導入されている場合、それを正しく評価することは難しい。そこで、一分子シーケンサ(MinION)を用いて長鎖DNA断片を対象としたゲノムリシーケンスを実施確認し、数10 kb長のDNA断片の解析から、タンデムリピート化して導入されている現象を発見をした。 (2)部位特異的遺伝子導入:多数の遺伝子を染色体上に導入し、高発現させる場合プロモーターの競合が発現効率を低下させる問題が生じたため、H29年度は競合しない高発現用プロモーターセットの探索を実施した。 (3)導入部位偏重の解析:H28年度までに、導入遺伝子の末端配列を任意配列に改変してコトランスフォーメーションを実施し、複数の形質転換体を得ている。高コピー低効率型のDNA断片に、低コピー高効率型DNA断片の末端配列を導入した場合、形質転換効率が向上する傾向を掴んでおり、形質転換体に対する網羅的な定量PCRにより、低コピー高効率型DNA断片の末端配列を導入することで染色体上のコピー数をコントロールすることに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
概要にも記載した通り、一分子シーケンサを用いて長鎖DNA断片の解析を行うことで、タンデムリピート化して染色体上に導入されている現象を発見した。これまで、染色体上の複数の位置にランダムに導入されているのか、部位特異的に導入されているのかも分からない状態であったが、一分子シーケンサを用いることでどの部位に入っているのかを明確にできただけでなく、その導入形状としてタンデムリピート化を発見できたのは完全に新しい発見である。従来型の超並列型ショートリード解析の次世代シーケンサやサザンハイブリダイゼーションでは数10kbにも及ぶタンデムリピート構造を明確にすることは出来なかった。大きな進捗である。 また、高発現用プロモーターを新規に複数発見することができたので、プロモーターの競合問題を回避して複数の遺伝子を高発現できるようになった。セルラーゼ遺伝子を用いたレポーターアッセイにより、これまで使用していたプロモーターと同等もしくはそれ以上のプロモーター活性を有しており、プロモーターの数と強度のバリエーションから、発現レベルにグラデーションを与えることが可能になった。これは、マルチコンポーネントの酵素の生産や代謝フラックスを制御する遺伝子発現への応用が期待できる。 導入部位偏重の解析においても、高コピー低効率型のDNA断片に、低コピー高効率型DNA断片の末端配列を導入することで、形質転換効率や染色体上コピー数を変えることに成功しており、その末端配列の特徴も見出している。これは、非相同末端組換えの一般的な分子メカニズムだけでは説明することができず、麹菌でのマルチコピー遺伝子導入に対する新規分子の関与が示唆される。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、コトランスフォーメーションにおける染色体上遺伝子導入部位偏重を解析し、偏重があればマルチ遺伝子破壊と多種類遺伝子の同時導入法を、ない場合でも多種類遺伝子の同時導入法の確立を最終的に目指している。しかしながら、これまでに染色体上遺伝子導入部位偏重の傾向は得られておらず、完全アトランダムに導入されているようである。したがって、最終年度は、マルチ遺伝子同時導入法の開発に注力する。一方、長鎖DNA断片のタンデムリピート化が確認されていることから、この現象と麹菌細胞内の相同組換えシステムを用いて長鎖DNAを細胞内でアセンブルする技術の開発を検討する。 (1) マルチ遺伝子同時導入法の開発:染色体上にマルチコピーでセルラーゼ遺伝子が導入された遺伝子組換え麹菌を宿主として、染色体上のセルラーゼ遺伝子断片を足場として、複数の遺伝子導入により物質生産が可能となる代謝系遺伝子の導入を試みる。具体的には、平成29年度までに見出した高発現プロモーターセットを用いて、バイオ燃料化合物や二次代謝産物生合成遺伝子をマルチコピーで導入する。 (2) 長鎖DNAアセンブル技術の開発:マルチコピー導入時のタンデムリピート化現象と相同組換えシステムを用いて、真核生物では報告のない長鎖DNA合成技術の開発を目指す。枯草菌を用いた長鎖DNA合成技術は有名であるが、このシステムを用いた場合、他種微生物に対して接合伝達でこの長鎖DNAを移す必要がある。一方で、枯草菌から糸状菌への接合伝達の開発は進んでいない。そこで、糸状菌中で直接長鎖DNAをアセンブルすることで、長鎖DNAの異種生物間伝達の障壁の回避を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では、MiSeqを用いた次世代シーケンスにより染色体上導入部位の決定を目指していたが、タンデムリピート状態で導入が起こっていた場合、そのコピー数を決定することが難しく、また導入遺伝子断片の末端に欠陥があった場合にも同定が難しいため、長鎖DNA分子の解析が可能なMinIONでの解析を試行した。その結果、良好な結果が得られたため、1ランあたりのコストが安価なMinIONでの解析に切り替えた。その結果、差額として生じた一部を用いて、タンデムリピート化導入と相同組換えを組み合わせた長鎖DNAの細胞内アセンブル技術の開発に充当することとした。本研究は当初予定していなかったが、仮設の一つとして挙げていた導入部位偏重の可能性が極めて低くなったため、多重遺伝子破壊法の開発とは別に多重遺伝子導入法をさらに発展することとした。
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