研究課題/領域番号 |
16K14892
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研究機関 | 東京農業大学 |
研究代表者 |
吉川 博文 東京農業大学, 応用生物科学部, 教授 (50175676)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | メチローム / 胞子形成 / 誤対合修復 / 挿入配列 / 実験進化 / 分子シャペロン |
研究実績の概要 |
DNAポリメラーゼの合成間違いを修復する誤対合修復機構は、生命維持機構として最も重要な機能の一つである。大腸菌で知られている親鎖を識別するMutH因子を枯草菌やシアノバクテリアは欠いており、何がこの役割を果たしているのか大きな謎である。本研究では、最終的にこの因子探求を目指すが、一方で胞子と非胞子細胞とでメチル化のパターンが異なることを見出したことから、胞子形成過程における特異的な修復機構があるのではないかと考え、その解明の端緒としてメチル化パターンの解析(メチローム解析)を行った。枯草菌ゲノムを栄養増殖期、胞子形成期の母細胞、さらに胞子の3種類の細胞から抽出し、PacBioシーケンサーを用いたメチローム解析を行ったところ、11パターンのメチル化が見出された。その内訳は、3細胞に共通のものが6種、栄養増殖期と母細胞特異的なものが1種、母細胞特異的なものが1種、胞子特異的なものが3種であった。メチル化型は4-methyl-Cytosineが多かったが、6-methyl-Adenineも存在することが分かった。 また、枯草菌ゲノムには挿入配列(IS)が存在しないというユニークな特徴があり、進化的にも興味深いが、近縁の納豆菌から移植したISの挙動を継代培養によって観察したところ、始めは転移が起こるが、やがて起こらなくなり次第に淘汰されるという現象を実験進化により再現することが出来た。転移酵素Transposaseに積極的に変異を入れる機構の存在を示唆した。 一方、細胞が薬剤に出会うことが引き金になって耐性変異が誘発されるという仮説に関しては、注意深く検証した結果、多くのリファンピシン耐性変異株が生育速度の低下により、仮説を生み出したコロニー形成パターンを示すことを明らかにし、上記仮説は誤りであることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
メチローム解析は、第三世代シーケンサーPacBioを用いることで網羅的解析が初めて可能になり、貴重な研究基盤を築くことが出来た。これにより、胞子特異的なメチル化機構、あるいは母細胞特異的な脱メチル化機構の存在が強く示唆され、今後の解析を進める上で重要な手がかりを得た。また、DNAポリメラーゼDnaEの校正機構をになう因子としてDinG, KapDを候補因子として挙げたが、これらの欠失株の変異パターンを解析し、誤対合修復因子MutS欠損とは異なることを示し、変異率は高くないが多様な変異を生み出すことを解明した。一方でMutH相当因子の探索は、担当学生の離脱により進めることが出来なかったが、今後体制の見直しを行って実施する。 長年挙動を追跡してきたISの転移であるが、ようやく枯草菌ゲノムに存在しない要因を示唆する結果を得、その分子機構に迫る基盤が確立したと言える。進化の過程における大きな謎を解明する糸口を掴めたと考える。 一方、環境の変化を起因として変異が起こるという適応的突然変異に関しては、予備的な実験結果に対する申請時の解釈が誤りであることを証明した。したがってこの点に関する計画は中止とする。逆に、ゲノムの配列維持と密接に関連する表現型の進化に関し、分子シャペロンの変異緩衝作用が知られており、枯草菌において検証したところ、変異点と表現型との相関を明確に示す結果を得た。この結果は変異と進化を分子レベルで考える上で極めて貴重な知見をもたらすと考え、本研究テーマとも関連することから課題として加えることにする。 以上、期待通り進行しなかった点が2点あるが、メチロームとISに関しては着実に成果を挙げており、さらにシャペロンの緩衝作用を課題として加えることにより、本研究の進捗は概ね順調と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
細菌のメチローム解析は新しい分野で、PacBioによる基盤整備を確立したことで従来法のバイサルファイト法による簡易検出も可能になった。特に枯草菌の分化過程におけるメチローム解析は世界でも例がなく、細胞分化の新しい制御機構として貴重な成果と言える。したがって、メチル化DNAを識別出来る制限酵素(XhoI等)を用いて増殖相とメチル化パターンの関連を簡便に調べる。またこうした解析と並行してメチル化酵素、または脱メチル化酵素の探索を行う。ゲノム情報からいくつかの候補因子は挙げられたが、これらの遺伝子の解析はまったくされておらず、破壊株の表現型などから解析する。また、未知の因子である可能性も考え、誤対合修復酵素MutS, MutLを手がかりに酵母ツーハイブリッド法等により、相互作用因子の探索を行う。こうした解析を通してメチル化識別因子MutH相当因子の探索に繋げていく。 挿入配列(IS)は進化の上で重要な役割を果たしてきたが、それをまったく保持しない枯草菌ゲノムは何らかの排除機構があると考えられる。これまでの研究からTransposaseに高頻度に変異が入ることを見出したが、その現象を詳細に検証し、培養液中で変異型酵素を持つ株の方が優占種になることを証明する。 適応的変異誘発の計画は中止し、代わりにシャペロンによる緩衝作用をテーマとして加える。これまで、枯草菌GroESLの過剰発現によってrpoB変異によるリファンピシン耐性が抑制されること、その抑制はrpoBの変異箇所によってレベルが異なることを見出している。この点をさらに詳細に解析し、遺伝子型が表現型として顕れるどのステップにおいて緩衝作用が起こるのか解析する。Lindquistによって1998年に最初に提唱された衝撃的な現象であるが、分子レベルでのメカニズムは不明である。この問題に本研究としても挑戦したい。
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