研究課題/領域番号 |
16K14893
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研究機関 | 摂南大学 |
研究代表者 |
村田 幸作 摂南大学, 理工学部, 教授 (90142299)
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研究分担者 |
橋本 渉 京都大学, 農学研究科, 教授 (30273519)
丸山 如江 摂南大学, 理工学部, 助教 (90397563)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | プロトン勾配 / 原形質分離 / 好アルカリ性細菌 / 細胞膜機能 / 廃グリセロール / アエロモナス属細菌 / 窒素固定細菌 / 有機酸生産 |
研究実績の概要 |
好アルカリ性細菌におけるエネルギー(ATP)獲得の新規な分子機構の存在を明らかにする。好アルカリ性細菌Aeromonas sp. L株(グラム陰性、ポリビニルアルコール(PVA)分解菌)は、高アルカリ領域に至適増殖pHを持つが、pH11以上のアルカリ環境下での増殖に於いては、極端な原形質分離を起こし、その細胞質はリボゾームを高密度に含むゾル状態を呈する。そこで、細胞質の膨張・収縮の物理化学的過程(内膜の萎縮と拡張)こそが、H+駆動力形成の重要な要因であると考え、アルカリ環境での斬新なATP合成機構を提案する。本年度は、L株を酸性培地(pH6.5)とアルカリ培地(pH11.5)で培養し、原形質分離がアルカリ環境下での増殖に特異的で必要な現象であることを確認した。次に、アルカリ環境下でぎりぎりの増殖を示す変異株を多数分離し、その中の1株(ALM-1)の増殖能低下が、膜機能の低下(つまり、ATP合成能の低下)に拠ることをほぼ明らかにした。これにより、ショットガン法で原形質分離(細胞膜の構造変化)を制御する遺伝子のクローニングが可能になった。一方、好アルカリ性細菌のコントロールとして、窒素固定細菌Azotobacter vinelandiiの細胞膜の構造についても検討したが、明瞭な原形質分離を示す証拠は得られなかった(ただ、異常な膜構造変化を見出した)。もう一つの課題であるL株の廃グリセロール処理への応用についても検討し、L株が廃グリセロールに旺盛に増殖し、様々な有機酸を生産することを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、直接的には原形質分離とエネルギー(ATP)生成の関係の解明であるが、具体的には、ATP産生を細胞膜の「萎縮」と「拡張」の物理化学的・周期的変動と関連づけて把握することになる。その背後には、原形質分離が単なる一過性の物理化学的過程ではなく、「遺伝子によって制御された巧妙な生体反応」であることを明らかにする生物学的に極めて重要な問題が潜んでいる。かかる難題を、高アルカリ性細菌を用いて解き明かすことを目的としている。そのためには、原形質分離と膜機能を相関づける変異株の取得、つまり、アルカリ環境で増殖能の低下を来たす変異株の取得が必須になる。グリセロールを炭素源として、アルカリ環境下で殆ど増殖できない突然変異株を分離し、この中から膜機能にのみ変異をもつ株をスクリーニングする検討を続けた。その方法として、グリセロールを炭素源として誘導したアルカリ環境下で増殖できない変異株が、他の炭素源(グルコース、PVA)でも同様に増殖しないことの確認が必要となり、膨大なスクリーニングに時間を要した。しかし、その結果、様々な炭素源の代謝異常ではなく、膜機能の変化と想定される変異株ALM-1を分離した。この変異株ALM-1の変異を相補する遺伝子をクローニングすることにより、原形質分離制御遺伝子の特定という世界初の成果に辿りつくことになる。その目途がついた事は大きい。また、原形質分離の周期的変動は、膜構成分子の分子間距離(リン脂質分子間距離)の疎密を惹起し、膜内在性分子装置の機能を変化させると予想させる。こうした現象をより明瞭に把握する対照として、本研究者らが詳細に解析しているABCトランスポーターのL株での発現を検討している。一方では、L株を廃グリセロールを炭素源として培養し、様々な有機酸の生産量を増大させる方法論の検討も進め有望な結果も得られた。
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今後の研究の推進方策 |
原形質分離が単なる一過性の物理化学的過程ではなく、遺伝子制御による生体反応であること、また、それにより、エネルギー生産や膜局在性分子装置の機能制御に寄与していることを明らかにするため、分離した変異株(原形質分離と膜機能に変異を有し、アルカリ環境下で低増殖性を示す突然変異:ALM-1)の変異を相補する遺伝子をセルフクローニングする。また、原形質分離は多くの遺伝子制御下にあると想定されるため、ALM-1以外の変異株の更なる分離も行い、原形質分離関連遺伝子群の解析を進める。また、原形質分離の周期的変動は、膜内在性分子装置の機能を変化させると予想させる。こうした現象を追跡可能とする分子装置として、本研究者らが生化学、分子生物学、構造生物学の観点から詳細に研究している[Murata et al., ,Structure, 23(9), 1643-1654 (2015))]ABCトランスポーターをL株に分子導入する(既に、導入し終え、L株での発現も確認した)。一方、窒素固定細菌に見出した極端な膜構造の変化(deep invagination)をグリセロール資化との関連において追跡する。廃グリセロールからの有機酸生成に焦点を定め、その生産量増大の検討を行なう。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は、細胞膜の原形質分離機構とその機能の解析を目的としている。そのため、細胞膜の運動制御にのみ支障を来たした変異株の正確な分離が不可欠になる(この変異株を使って遺伝子のクローニングを行なうため正確でなければならない)。突然変異法でかかる性質の変異株を分離しているが、この場合には様々な変異株の中から原形質分離に変異を持つ変異株のみを選択することになる。ここで、費用は掛からないが、時間の掛かる、膨大な培養実験が不可欠になる。また、実験の度に原形質分離を確認する必要があり、そのためには細胞の超薄切片の作成や(外注も含めた)電子顕微鏡観察に多大な時間を要する。窒素固定細菌の膜構造の解析もしかりである。こうした実験の複雑さにより、次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
今年度の研究により、細胞膜の運動制御に支障を来たした変異株の候補が得られて来たので、その解析(主に培養、電子顕微鏡観察、遺伝子操作、出来れば学会発表・論文発表や研究補助者雇用など)に使用する予定である。また、細胞膜の構造解析に電子顕微鏡以外の機器の使用も必要になるかも知れないなど、いろいろな可能性を想定している。一方、窒素固定細菌の膜の構造と機能の解析も対照として進めたいため、未使用額は極めて有意義に使用できる。
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