ミトコンドリア呼吸鎖酵素のNADH-キノン酸化還元酵素(複合体-I)は、基質の酸化還元反応で遊離したエネルギーを利用してプロトン輸送を行っている。本研究では、酸化還元反応の代わりに光のエネルギーを利用してプロトン輸送をさせることを試みた。具体的な戦略としては、複合体-Iのキノン結合ポケット内に、トシル化学法とクリックケミストリーの2段階反応によってアゾベンゼン類に代表される光スイッチ分子を導入する。この光スイッチ分子を光異性化させることによってキノン結合ポケット内に構造変化を誘導させ、この構造変化を駆動力として酵素の膜ドメインでプロトン輸送をおこさせることを計画した。
研究成果は以下の4点に要約できる。 1)ウシ心筋ミトコンドリア複合体-Iのキノン結合ポケットの最深部に位置する49 kDaサブユニットのAsp160(49 kDa-Asp160)に対して、トシル化学法によって種々の反応性基(1次タグ)を特異的に導入する化学修飾法を確立した。 2)49 kDa-Asp160に導入した1次タグに対して、光スイッチ分子を含む2次タグをクリックケミストリーで導入させるために、どのような2次タグが最適かを知る必要がある。そのため、種々の1次タグ/2次タグの組合せにおけるクリックケミストリーの反応性を精査した。 3)1次タグとしてシクロプロペン基、2次タグとしてテトラジン基を用いるDiels-Alder環化反応によって、副反応を抑えて効率的に2次タグを導入できることがわかった。 4)上記の結果を受けて、テトラジン基を分子末端に持つアゾベンゼン類の合成を行った。
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