樹木は、長寿で固着性であるため、様々な環境変化に対応できる高い表現形可塑性を保持しながら進化してきた。たとえば、葉の形態は、樹冠内における光環境の垂直変化に応じて可塑的に変化する。林木育種において、植林から収穫までの長期間に起こりうる様々な環境変化や、今後予想される地球規模の環境変動に耐えうる造林木を開発するためには、従来のように特定の優良形質を選抜するだけでなく、樹木が本来有する高い表現形可塑性を保持する育種を行うことが有益である。本研究の目的は、人工林および天然林において、表現型可塑性の高い品種や集団を探索し、気候変動に対する順化能力に関連する基礎生理・生化学データを取得することである。 全国のブナを対象に調査を行った結果、北海道・東北などの北限域および長野・新潟などの標高限界付近では、個体の表現型可塑性が高く、西日本の孤立集団では可塑性が低いことが明らかになった。可塑性の低い西日本のブナは、気候変動に対する順化能力が低い可能性があり、従来の予想よりも早く消滅する恐れがある。スギ精鋭樹クローンを比較した研究では、可塑性の高いクローンほど材積成長が良い、という結果が得られた。最終年度は、針葉樹の中で最も高い表現型可塑性を示すセコイアメスギ研究の第一人者である、カリフォルニア州立大学のSillett教授を訪問し、これまで得られた成果を共有するとともに、今後の研究展開について意見交換を行った。 樹木は作物などの1年生植物と異なり長寿であることから、長い生育期間中の環境変化に対して可塑的に対応できる系統こそが「優良品種」であると言える。本研究の成果から、人工林では可塑性の高い品種を選抜し、天然林では可塑性の低い集団を保護することが、森林管理における温暖化適応策につながると考えられる。
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