研究課題/領域番号 |
16K15034
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
石塚 真由美 北海道大学, 獣医学研究科, 教授 (50332474)
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研究分担者 |
池中 良徳 北海道大学, 獣医学研究科, 准教授 (40543509)
中山 翔太 北海道大学, 獣医学研究科, 助教 (90647629)
水川 葉月 北海道大学, 獣医学研究科, 助教 (60612661)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 殺鼠剤抵抗性 / 薬剤耐性 / ワルファリン / クマネズミ / 薬物代謝 / シトクロムP440 / 野生齧歯類 / クローズドコロニー |
研究実績の概要 |
殺鼠剤抵抗性齧歯類が世界各地の都市部に出現している。これらは人獣共通感染症の媒介動物となる危険性があるが、現在都市部で主に用いられているワルファリン等抗血液凝固系の殺鼠剤に対し抵抗性を有している。このため現在有効な駆除方策がなく公衆衛生上の問題である。抵抗性獲得機序の解明とそれに応じた新規防除策の提案は急務である。 抵抗性には大きく、抗血液凝固系殺鼠剤の標的分子ビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)の遺伝子変異と、殺鼠剤摂取後の代謝など体内動態の変化が寄与すると考えられている。しかしVKOR変異が生体の感受性に与える影響や、代謝能に変化をもたらす因子は不明であり、抵抗性の解明にはこれらを包括的に観察する必要がある。 当該研究では東京新宿由来のワルファリン抵抗性クマネズミと小笠原諸島由来の感受性クマネズミのクローズドコロニーをモデル動物とし、上記の複数の観点からワルファリンへの応答を観察し抵抗性獲得機序の包括的な解明を試みる。本年度は本抵抗性クマネズミのワルファリン代謝能を解明することを目的とし、in situでの肝灌流試験により生体に近い条件でのワルファリン代謝活性を測定した。一方で、肝臓より薬物代謝酵素画分を抽出し、in vitroでのワルファリン代謝試験も実施することで代謝酵素の機能も評価した。 その結果、in situ肝灌流試験では抵抗性群において3-8倍程度有意に高いワルファリン代謝能が確認された。一方in vitro代謝試験では抵抗性群は1.2-1.3倍程度と有意だがin situ試験に比べ軽度の高代謝能を示した。これらの結果から上記抵抗性群は高いワルファリン代謝能を持つが、その原因はin vitro試験で観察した薬物代謝酵素シトクロムP450自身ではなく、in vitro試験で観察できない、生体内でのP450の活性に必要な電子伝達系などの補因子にある事が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該研究の当初計画では殺鼠剤抵抗性ラットを用いた肝灌流試験によりその肝ワルファリン代謝能を解明する予定であった。本年度は野生クマネズミクローズドコロニーを用いたワルファリン肝灌流試験の手技を確立し、実際にそれらが高い肝ワルファリン代謝能を持つことを明らかとした。それに加え、in vitroでのP450画分を用いたワルファリン代謝活性試験、薬物代謝酵素発現量の定量も行いこれらの結果と前述の肝灌流試験の結果を比較することができた。 その結果、今回用いたラットは高い代謝能を持つ反面その機序はこれまで報告にない薬物代謝酵素以外にあるという興味深い結果が得られた。これまで殺鼠剤抵抗性ラットの研究は標的分子VKORの遺伝子変異や肝臓の酵素画分を用いた研究に限られており、生体レベルでの殺鼠剤代謝能を解明した報告は本研究が初めてである。また、高代謝に寄与する因子が電子伝達系などにある事が示唆されたが、これらは従来抵抗性に関与することは知られておらず、今後のさらなる研究が期待される結果となった。 本年度の上記研究成果は2つの国際学会(SaSSOH: the 4th Sapporo Summer Seminar for One Health 2016, 8th International Toxicology Symposium in Egypt,招待講演)と2つの国内学会(第43回日本毒性学会、第39回日本分子生物学会)で発表した。またそのうち、毒性学会では優秀研究発表賞を受賞するなど高い評価を受けている。これらの結果は英語論文として纏め、現在投稿中である。 以上から、今年度の研究成果は当初の予定を超えて本研究を推進できたものと判断し進捗状況を1とした。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究成果を受けて、今後は大きく下記の2つに着目し当該研究を継続する。 ①電子伝達系に着目したワルファリン高代謝機構の解明 今年度得られた結果から、東京の殺鼠剤抵抗性ラットでは肝臓での高いワルファリン代謝能を有しその機序はワルファリン代謝を担う酵素シトクロムP450ではなく、その活性に必要な電子伝達系などの補因子にある事が示唆された。今後は高代謝能獲得機序の解明を目指し、肝サンプルを用いたメタボローム解析、トランスクリプトーム解析を行う。これらの試験系は生体内の諸代謝物・遺伝子発現量の変動を網羅的に観察することができる。本手法により、電子伝達系の諸因子での抵抗性ラットと感受性ラットの差を観察する。これにより発見した候補物質、遺伝子については個々により詳細な解析を加え高代謝能に寄与する因子の同定を目指す。 ②ワルファリン標的分子VKOR遺伝子変異が生体に与える影響の解明 また、抵抗性に関与するもう一つの機序として挙げられているワルファリン標的分子VKORに生じた遺伝子変異が生体内でのワルファリン感受性に与える影響を観察する。現在、VKORの活性に必要な生体内での電子供与体は不明であり、VKOR活性の測定は試験管内で還元剤(ジチオスレイトール:DTT)との反応による系が主流である。しかしDTTはVKORの生理的な電子伝達系の流れを超えた反応を行うことが知られており、現在VKOR変異が感受性に与える影響を正確に定量できる手法は乏しい。これを受けて、昨年度行った肝灌流試験を応用し、生理的な条件でのVKOR活性を測定することを目指す。本手法はVKOR変異に加え上述の代謝も加味した反応を観察できる。また、一方で簡便な手法として、DTTに代わりVKORの自然な活性を測定できる還元剤を探索し、肝灌流との結果と比較しVKOR変異が生体に与える影響の正確な評価を目指す。
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