細菌の運動性は、必須病原因子の1つであるため、そのメカニズム解明は、細菌感染症の予防・治療の新技術開発いつながることが期待されている。大腸菌、サルモネラ、緑膿菌、ピロリ菌などは、運動器官であるべん毛を菌体の外側に持つため、その機能解析は比較的容易で、べん毛の構造、作動原理などに関する詳しい研究が既に行われてきた。一方、「スピロヘータ」と称される細菌類は、らせん形の菌体の内部(ペリプラズム空間)にべん毛を持つため、べん毛の構造・機能解析が困難で、運動性に関する研究が進んでいない。本研究は「遺伝学的手法によってスピロヘータべん毛を菌体外に露出させて解析する」という基本構想とともに、スピロヘータ運動のメカニズム解明を目指すものである。 本研究では、スピロヘータの一種で、人獣共通感染症の病原体であるレプトスピラのべん毛固定子(べん毛回転の共役イオンの通り道)の一部をサルモネラやシュードモナスの固定子に置換し、そのキメラ固定子をサルモネラ内で動作させる組換え実験を主な遂行予定実験としていた。28年度には、レプトスピラ固定子遺伝子の全長をコードするプラスミドを、固定子遺伝子を欠損した変異型サルモネラに導入したが、レプトスピラ固定子によるサルモネラべん毛の動作は確認されなかった。固定子がべん毛に組み込まれるには、固定子蛋白質MotBのC末端領域に存在するペプチドグリカン結合ドメインが重要であることが分かっている。29年度には、レプトスピラ固定子のペプチドグリカン結合ドメインをサルモネラ固定子のものに置換したキメラ固定子を固定子欠損型サルモネラに導入する実験を行ったが、この手法によっても、レプトスピラ固定子によるサルモネラべん毛の動作を確認できなかった。レプトスピラのゲノムには、固定子遺伝子のオルソログが複数存在することが分かっているため、オルソログの共発現などが今後の課題である。
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