本研究は、極限乾燥耐性生物であるネムリユスリカがもつ乾燥・塩によって発現調節される遺伝子のプロモーターとその制御因子を同定する事を基盤として、新規な乾燥・塩ストレス制御型タンパク質発現システムを開発することを目的としている。 今年度は、乾燥誘導性遺伝子発現を制御する転写因子としてHSF1を同定した。ネムリユスリカとその近縁で乾燥耐性がないヤモンユスリカのゲノムの比較から、ネムリユスリカでは乾燥で発現が上昇する遺伝子の転写開始点近傍に、ゲノム特異的なDNAモチーフ(TCTAGAA)が多く、かつ偏って存在すること、プロモーター領域にTCTAGAAを持つ乾燥誘導性遺伝子には乾燥耐性関連遺伝子が多く含まれることを見いだした。また、TCTAGAAはHSF1の結合領域に酷似していた。そこで、ネムリユスリカの培養細胞(Pv11細胞)を用いて、Hsf1遺伝子を機能抑制したところ、乾燥耐性関連遺伝子の発現が減少した。さらに、Hsf1の発現を抑制したPv11細胞を乾燥させると、通常のPv11細胞を乾燥させたものと比べて、再び水に浸けた後の生存率が低下した。すなわち、HSF1が乾燥耐性を制御する重要な転写因子であることが明らかとなった。これらのことから、ネムリユスリカは進化の過程で、熱ストレス応答性の遺伝子発現制御ネットワークを転用化(co-option)した結果、極限的な乾燥耐性を発揮するようになった可能性が示された。この一連の研究成果をPNASに論文発表し、プレスリリースを行うに至った。現在、HSF1が結合するDNAモチーフを用いた乾燥誘導性遺伝子発現ベクターの構築を進めている。 また、CAGE解析による乾燥誘導性プロモーターの同定も着々と進んでおり、HSF1以外の転写因子が結合するDNAモチーフが、乾燥誘導性遺伝子のプロモーター領域に存在する事が分かりつつある。 これら、情報をまとめ、現在、新たな論文作成を進めている最中である。
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