多剤排出輸送体P糖タンパク質は、自らATPを加水分解することで得られるエネルギーを利用して内向型と外向型の両状態の立体構造の間を往復運動することにより多種多様な化学構造の化合物を能動輸送する。その仕組みを解明するためには、往復運動の途中に出現する準安定な立体構造の捕捉に有利なNMRを用いることが必要である。しかし、P糖タンパク質のような分子量が150kDaを超える巨大な膜タンパク質のNMR測定は、ほとんど前例がない。そこで、NMR解析に必要なP糖タンパク質の実験系の開発に挑戦した。その結果、15N標識した好熱性真核生物Cyanidioschyzon merolae由来のP糖タンパク質CmABCB1をメタノール資化性酵母Pichia pastorisを用いて大量調製するための実験系を確立することに成功し、得られた15N標識体の精製標品を用いて、1Hー15N HSQCスペクトルを観測したところ、立体構造解析に適したスペクトルのパターンを示した。さらに、サブユニット中に6つ存在するトリプトファン残基のインドール環のイミド基のシグナルに着目して解析を行った結果、トリプトファンをチロシンに置換した変異体を調製し、イミド基に由来すると考えられるシグナルの変化を比較することから、Trp400と考えられるシグナルを同定できた。さらに、そのシグナルが輸送基質あるいはヌクレオチドの添加とともに変化することを観測できた。これらの変化は、基質やヌクレオチドの結合により誘発されたCmABCB1のコンフォメーション変化によるTrp400周囲の環境変化を反映しているものと考えられる。したがって、15N標識したCmABCB1のNMR測定は、構造変化の解析に利用可能であることが示唆された。この成果から、真核生物由来の巨大な膜タンパク質のNMR測定が可能であることが示された。
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