研究課題
硫化水素(H2S)が毒ガスとして報告されて以来、その毒性に関する研究が数多く行われてきた。しかし近年では、H2Sが神経伝達調節や細胞保護など様々な作用を示すことが明らかとなっている。生体にはL-システインからH2Sを産生するシスタチオニンβ-シンターゼ(CBS)とシスタチオニンγ-リアーゼ(CSE)が存在するが、申請者らは、第3番目の産生酵素として、3-メルカプトピルビン酸サルファトランスフェラーゼ(3MST)を報告している。3MSTは3-メルカプトピルビン酸(3MP)からH2Sを産生するが、3MPは、システインアミノトランスフェラーゼ(CAT)によってL-システインから供給され、D-アミノ酸オキシダーゼ(DAO)によってD-システインから供給される。D‐システイン経路は、L‐システイン経路と比べて約80倍の活性を示し、D‐システインを経口投与すると腎臓の虚血再灌流障害を顕著に軽減できることから、D‐システインは腎不全の予防薬になり得る。しかし、水溶性のD‐システインは膜透過性が低く、細胞内への移行は比較的低いと考えられた。そこで、D‐システインの脂溶性を高めたN‐アセチル‐D‐システインを用いて腎虚血再灌流障害に対する効果を調べた。8~10週齢のICR雄マウスに対して、食塩、D‐システイン、またはN‐アセチル‐D‐システインを経口投与した後、左腎動静脈をクレンメで45分間閉塞した。再灌流24時間後に腎臓を摘出し、TTC(2,3,5-Triphenyl tetrazolium chloride)染色したところ、食塩投与群では皮質・髄質ともにTTCで染色されず、N‐アセチル‐D‐システイン投与群の皮質ではTTCで顕著に染色されることを確認した。
2: おおむね順調に進展している
本年度までにD‐システインの脂溶性を高めたN‐アセチル‐D‐システインがマウスの腎虚血再灌流障害に対して効果を示し得ることを確認した。D-アミノ酸の生合成経路に関してシンポジウム発表を行うとともに、その他一般演題を含めて計10件の学会発表を行っている。近年、H2Sの酸化体であるポリサルファイド(H2Sn)がH2Sよりも高い生理活性を有することが示されているが、H2Snが、H2Sと一酸化窒素(NO)から産生され、TRPA1チャネルを活性化することを明らかにした(Miyamoto R et al,, Sci. Rep. 7, 45995, 2017)。
D-システインによる腎虚血再灌流障害の軽減効果はL-システインを上回るが、現時点では多量のD-システインを投与しなければならないために医療応用が難しい。本年度までにD‐システインの脂溶性を高めたN‐アセチル‐D‐システインがマウスの腎虚血再灌流障害に対して効果を示し得ることが示されたが、今後はその効果を明確化するために定量評価を行う。D-システインの生合成酵素が生体に存在するかは一切不明である。哺乳動物のD-セリンとD-アスパラギン酸は、L-セリンとL-アスパラギン酸からそれぞれ異なるラセマーゼによって合成される。アミノ酸ラセマーゼは細菌から哺乳動物まで広く存在しており、L-アミノ酸のラセミ化反応は一般的な現象と思われるため、今後はシステインラセマーゼの探索を行う。
本年度までにD‐システインの脂溶性を高めたN‐アセチル‐D‐システインがマウスの腎虚血再灌流障害に対して効果を示し得ることを確認したが、a. 腎切片上でのホルマザン色素染色による細胞活性の測定、b. 組織鏡検による評価、c. 腎障害の指標である血清クレアチニン濃度の測定が未だ不十分であり、これらに要する物品を十分に購入できていないことが主たる理由となった。
次年度以降は、腎障害の評価に必要となる物品を購入するとともに、D-システイン生合成酵素の探索研究を推進する。その他、学会参加費や旅費等に充当し、本研究を推進する予定である。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (10件)
Scientific Reports
巻: 7 ページ: 40227
10.1038/srep40227
巻: 7 ページ: 45995
10.1038/srep45995