前年度に創製した中分子ペプチドのHER2への結合力を、等温滴定型カロリメーターにより測定したところ、解離定数(KD)は30-45 μMであった。これは、抗体の結合力(KD = 0.8 nM)と比べると弱いことから、この中分子ペプチドを抗体代替分子として利用するのは難しいことが分かった。そこでこの中分子ペプチドの有用性評価はこれ以上行わず、創製理論を再考して分子を再設計した。検索条件を変更したイン・シリコ・スクリーニングによって標的結合ペプチドの「構造ゆらぎ」を制御するための天然足場分子を探索し、新たに7種類の分子を同定した。並行して、HER2抗体医薬とHER2の複合体構造を元に結合エネルギー計算を実施し、HER2との結合に重要な5種類のペプチド配列を同定した。これらのHER2結合ペプチドを足場分子に組み込んだところ、全てのHER2結合ペプチドの構造ゆらぎを抑制できた。次に、設計した分子を大腸菌発現系により調整し、結合力を指標にスクリーニングした結果、4種類のHER2結合分子が得られた。最も強い結合力を持っていた分子のKDは24 nMと抗体に匹敵し、さらに抗体同様にHER2発現細胞の検出やHER2陽性腫瘍切片の免疫染色に利用できたことから、抗体代替分子としての有用性が示された。以上より、標的結合ペプチドの「構造ゆらぎ」の制御により、抗体代替分子を創製するための理論および方法が確立できた。今後は、本創製理論に基づいて様々な抗体医薬の代替分子を創製するとともに、創製方法の高度化と汎用化を目指して改良を進めたい。
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