研究課題
抗癌剤ゲフィチニブで誘発される間質性肺炎など薬剤誘発性疾患は、大きな社会問題にもなり、患者の死亡に繋がる重篤な副作用だが、実際の原因は良く分かっていない。一方、インフラマソームはNLRPファミリー分子を中心としたタンパク質複合体であり、細胞内の病原体や異物を感知する受容体として機能し、炎症応答や特殊な細胞死を惹起する点で注目され、近年、様々な免疫疾患の原因となることが分かってきた。近年、薬剤誘発性疾患の多くは免疫応答の異常亢進が原因であることが示唆されていることから、本研究では、これまで不明であった薬剤誘発性免疫疾患の原因が、薬剤によるNLRPファミリー分子を介したインフラマソーム活性化であるか否か検証し、その分子メカニズムの解明と、それら疾患の新たな予防・治療戦略を提唱することが目的である。本年度は、特に、抗菌薬として汎用される、グリコペプチド系抗生物質とβ-ラクタム系抗生物質による炎症誘導メカニズムについて解析を行った。その結果、ある種のグリコペプチド系抗生物質は、免疫担当細胞において炎症性サイトカインを強く誘導し、その誘導にはインフラマソームの構成因子であるNLRPファミリー分子の中の特定の分子を必要とすることが、我々が系統的に樹立したNLRPファミリー分子やアダプター分子、シグナル伝達分子の欠損細胞の解析から判明した。また、ある種のβ-ラクタム系抗生物質は、ミトコンドリアなどを標的として活性酸素の産生を強く促進し、その作用を介して細胞障害や細胞死を誘導することが分かった。このように、免疫応答において中心的役割を果たすインフラマソームやその関連分子に注目することで、ある種の抗菌薬が炎症性の間質性肺炎や急性腎障害などの副作用を引き起こすメカニズムが分子レベルで明らかとなってきた。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的は、抗菌薬などの薬剤誘発性免疫疾患の原因が、薬剤によるNLRPファミリー分子などを介したインフラマソーム活性化や細胞機能障害であるか否か検証し、そのメカニズムを分子レベルで解明することである。本年度では、特にグリコペプチド系抗生物質とβ-ラクタム系抗生物質を中心に解析を行い、間質性肺炎や急性腎障害、急性肝不全といった炎症を伴う薬剤誘発性疾患を引き起こす分子メカニズムの一端を明らかにすることができた。我々はNLRPファミリー分子やインフラマソームの重要なアダプター分子ACSなどの欠損細胞を系統的に樹立することに成功し、その比較解析から、上記の抗菌薬が作用する具体的な標的分子が分かってきた。ある種のグリコペプチド系抗生物質は炎症性サイトカインを誘導する作用があり、その誘導には、様々なNLRPファミリー分子の中で、特定のNLRP分子を必要とし、その中の1つの分子は、既存とは異なるインフラマソーム複合体を形成している可能性も示唆された。また、ある種のβ-ラクタム系抗生物質は、ミトコンドリアなどを介して活性酸素を誘導し、特定の分子を介して細胞障害や細胞死を誘導することも明らかとなった。以上のような結果から、本年度の目標・実施計画はほぼ完了し、今後も研究計画に従って解析を進めることで、当初の本研究の目的は研究期間内に十分に達成できると考えている。
今後も、抗癌剤ゲフィチニブなどの他の薬剤も含め、グリコペプチド系抗生物質とβ-ラクタム系抗生物質の分子標的を明らかにし、薬剤誘発性免疫疾患の原因を分子レベルで明らかにしていくことが目標である。特に、これらの薬剤が、NLRPファミリー分子を介してインフラマソームをどのようにして活性化するのか、あるいはミトコンドリア依存的な活性酸素の産生や細胞死をどのように誘導するのか、さらに、それらの詳細な分子メカニズムやシグナル伝達経路を明らかにしていきたい。例えば、インフラマソームの活性化は炎症性サイトカイン産生だけでなく、特殊な細胞死(ピロトーシス)も誘導することから、上記の薬剤によって誘導される細胞死が実際にインフラマソームを介するか否かも重要な検討事項である。また、薬剤によるNLRPファミリー分子やインフラマソーム構成因子の発現変動と、炎症・細胞死誘導の亢進作用との関係についても解析を加えたい。我々が独自に樹立した、NLRPファミリー分子やインフラマソーム構成因子、シグナル伝達分子などの欠損細胞の解析や、これらの標的分子の様々な活性変異体を欠損細胞に戻すことで変化する表現型を比較検討することで、さらに具体的な分子メカニズムの解明に向けて研究を推進できると考えている。
本年度においては、インフラマソームの中心的な構成分子であるNLRPファミリー分子やその関連分子の薬剤刺激による発現変化のプロファイルデータを網羅的に解析するための実験を本年度と次年度に跨って行った。この分子の発現変化プロファイルデータを得るための実験は費用がかかり、その費用が次年度に一部移行したため、次年度使用額が生じた。また本年度は、解析対象とした様々な薬剤の中で、特にグリコペプチド系抗生物質とβ-ラクタム系抗生物質に集中して解析を行ったため、その他の薬剤の解析が次年度に移行したこと、さらに、本年度はNLRPファミリー分子などの様々な分子の欠損細胞の作製などツール作りを中心に行い、費用がかかる分子機能解析の実験を次年度に回したことなどから、次年度の使用額が生じた。
次年度は、インフラマソームの中心的構成分子であるNLRPファミリー分子やその関連分子の薬剤刺激による発現変化のプロファイルデータを網羅的に解析する実験を継続して行うこと、また、グリコペプチド系抗生物質とβ-ラクタム系抗生物質以外に、本研究の解析対象となっている他の薬剤の解析も同時並行で行うこと、さらに、本年度に作製したNLRPファミリー分子などの様々な分子の欠損細胞を使用して、実際に目的分子の分子機能解析のための実験を中心に行う予定であり、これらの実験の遂行に次年度使用額を充てる。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件)
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