本年度は海馬が遅延時間のある意思決定中にどのように活動するのかを調べるため、マウス海馬および前頭前野で高密度電極を用いた細胞外単一細胞活動記録法により、遅延時間中に発火する細胞群の活動動態を計測し、解析した。 海馬CA1の興奮性細胞は遅延時間の長さに応じて、発火頻度を変化する性質を持っており、その発火頻度の動態は遅延時間と線形的というよりは双極的な分布に従うことが分かった。 遅延時間の増加はその選択に対する報酬価値の減弱となることを考慮し、遅延時間増加による発火頻度の増大が、「コスト―利得の比率」を表現しているのでは、という仮説を報酬量変化実験により検証した。遅延と関連付けられる報酬の量を変化させ、遅延増加での発火様式の変化を比較した。海馬では、遅延時に発火が多い細胞は、報酬量の低下で発火頻度が下がる傾向があった。対して、遅延時に発火頻度の低い細胞は、報酬量を低下させたときに発火頻度が増加する傾向があることが分かった。これは、海馬において遅延に対する表現と、報酬価値に対する表現が独立しているわけではなく、統合的であることを示唆する。仮説であった「コスト―利得の比率」を表現している細胞はごく一部であるが存在することも分かった。 NMDA受容体を遺伝的に破壊したマウスは異常に待つことができるという表現型を有しており、このマウスの海馬の作動動態について詳細に調べると、海馬の特徴である遅延応答性が消失していることが分かった。このことから、海馬における遅延応答性および遅延割引という機能にNMDA受容体が重要な働きを担っていることが示唆される。
|