研究課題/領域番号 |
16K15207
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研究機関 | 国立研究開発法人国立循環器病研究センター |
研究代表者 |
阪本 英二 国立研究開発法人国立循環器病研究センター, 研究所, 室長 (40291067)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 心臓病 / 心不全 |
研究実績の概要 |
心筋症などの心臓病は心筋の形態や機能の異常で発症するが、その背後にある分子病態は複雑である。心筋細胞には細胞膜が陥入して筋原線維のZ線に達するT管という特殊な膜構造が存在し、それによって細胞表面の電気的興奮は全ての筋原線維に均等に伝搬される。その結果、T管に近接する筋小胞体からCa2+が放出され、筋原線維が収縮する。それゆえ、心臓病で見られる細胞内遊離Ca2+濃度調節の破綻は、Ca2+の異常な濃度上昇に対する防御機構やT管や筋小胞体の支持分子機構の崩壊でも起きうると考えられる。 本研究では、こうした独自の視点から心臓病の分子病態をさらに解明すべく、研究シーズとして心筋症を突然変異で発症するハムスターを用いる。心筋症ハムスターには、心筋拡張の著明なTO-2と心筋肥大の著明なBIO14.6など様々な亜系統が存在する。我々は先に、その共通の遺伝的原因がδ-サルコグリカン(δSG)の欠損であることを明らかにしている。 当該年度は、心筋機能を調節する新たな分子としての可能性があるβB1-クリスタリン(βB1)を単独で欠損するハムスターの系統を確立することに努めた。BIO14.6と正常ハムスターはδSGとβB1遺伝子に関して異常ホモ(-/-, -/-)と正常ホモ(+/+, +/+)である。昨年度までに、これらハムスターの♂♀交配を、第1世代、第2世代、第3世代まで進めることで、全例が(+/+, -/-)の個体を得ることができた。しかし、ハムスターはマウスやラットとは異なり、キャニバリズムがひどく、一定数の個体を安定的に得ることが難しかった。そこで、当該年度は交配と飼育の条件を多角的に検討した。その結果、交配と飼育の最適な条件を見出した。今後は当初の予定通り、新たな疾患モデル動物としての系統の確立を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は、心不全に対する分子病態の理解と新たな治療法の開発に資するために、βB1-クリスタリン(βB1)単独欠損ハムスターという新たな疾患モデル動物を創出することを目指すものである。そのために、心筋症ハムスターBIO14.6と正常ハムスターの交配を何世代にも及んで行っている。 BIO14.6と正常ハムスターは、δサルコグリカン遺伝子(δSG)とβB1-クリスタリン遺伝子に関して、異常ホモ(-/-, -/-)と正常ホモ(+/+, +/+)である。これらを交配させると、第1世代は全例がヘテロ(+/-, +/-)であった。第2世代ではδSGが(+/+)になる比率はおよそ1/4でβB1も(-/-)になる比率はおよそ1/16、それが♂あるいは♀である比率はおよそ1/32であった。さらに、これらの♂と♀を交配させ、第3世代において全例が(+/+, -/-)の個体が生まれた。しかし、ハムスターはキャニバリズムがひどく、一定数の個体を安定的に得ることが難しかった。そこで、当該年度は交配と飼育の条件を多角的に検討し、交配と飼育に関する最適な条件を見出すことに成功した。例えば、飼育ケージに巣箱を入れ、外界からの刺激を軽減させることは有効であった。その結果、当初の予定通り、新たな疾患モデル動物を確立する見通しを立てることができた。 一方、上記のハムスターを交配させる間の時間を活用し、本研究に深く関連する重症心筋症ハムスターTO-2の分子病態を詳細に解析した。すなわち、TO-2では心室筋のT管とZ線の微細構造が崩壊することを我々は見出した。そして、その原因となる分子機構を詳細に解析した。 以上から、本研究は当初の予定よりやや遅れているが、関連する研究成果も挙げていると言える。
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今後の研究の推進方策 |
研究実績の概要と現在までの達成度で記したように、本研究はこれまでのところ当初の予定よりやや遅れているが、関連する領域に一定の成果も見られている。そこで、翌年度の研究は、以下のように推進する。 βB1-クリスタリン(βB1)単独欠損ハムスターに関しては、まず、初年度に得たβB1単独欠損ハムスターの数匹の♂と♀を交配させ、新しい疾患モデル動物の系統として確立させる。次に、このβB1単独欠損ハムスターの先祖であるBIO14.6ハムスターにおけるβB1のゲノム変異の解析を進める。我々は、この変異βB1遺伝子はエクソン1がエクソン2ではなくエクソン4とスプライスすることまでは見出しているが、今後その詳細な分子メカニズムを解明する。また、βB1タンパク質の心筋細胞内の局在を、ランゲンドルフ灌流装置で単離した心筋細胞を用いた蛍光免疫染色法などで明らかにする。さらに、βB1の遊離Ca2+への結合能を調べ、心筋細胞内の遊離Ca2+濃度をβB1単独欠損ハムスターと正常ハムスターで比較検討するなどし、βB1の心筋における機能を分子、細胞レベルで検討する。さらに可能であれば、他のクリスタリンの発現と局在についても同様に調べる。 一方、TO-2における心筋症の重症化に関する分子メカニズムに関してさらなるも詳細な検討を行う。すなわち、なぜTO-2ではT管とZ線の構造が破綻し、心機能の著しい低下を招くのかという謎に迫る。 最終的に以上の結果を総合し、βB1-クリスタリンの心臓における生理機能ならびにその異常と心臓病の発症・増悪との関係について考察を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の遂行には心筋症を遺伝的に発症する突然変異ハムスターの活用が必須であり、その系統維持を我々は独自に行っている。29年度に、標的分子の心筋内における局在と機能を解析し、その結果を基に論文発表する予定であったが、ハムスターの交配が近交退化現象などの為に苦戦し、実験に必要十分な数の個体を用意できなかった。そのため、当初計画した標的分子の解析を行うことが出来ず、未使用額が生じた。
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