研究課題/領域番号 |
16K15249
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研究機関 | 北里大学 |
研究代表者 |
土屋 紅緒 北里大学, 医療衛生学部, 准教授 (80286385)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 上皮-間葉移行(EMT) / 血清診断マーカー / 肺腺癌 / 腫瘍特異的自己抗体 / セクレトーム解析 |
研究実績の概要 |
上皮-間葉移行(EMT)を獲得した肺腺癌細胞が周囲に浸潤・転移しやすい微小環境を構築し、抗癌剤や放射線治療抵抗性を示すようになるよりも早い段階で、EMTの可能性を判別できる鋭敏な血清診断マーカーの獲得を目指して本研究を計画した。 本年度は、TGF-βを用いて肺腺癌細胞A549にEMTを誘導し、その過程で培養上清中に分泌されるタンパク質を経時的に網羅的解析することで、EMTの血清診断マーカー候補タンパク質のプロファイルを作成することを試みた。TGF-β添加後2日で細胞形態は敷石状から紡錘状に変化し、上皮系マーカーであるE-カドヘリンの減弱と間葉系マーカーであるN-カドヘリンの発現を認め、partial EMTの状態を示した。6日めで完全なカドヘリンスイッチが起こりcomplete EMTに移行した。経時的な解析により、EMT獲得過程におけるタンパク質発現の全様をあきらかにできると考えられた。親株とEMT誘導細胞を無タンパク培地で24時間培養して得られたconditioned mediumからタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後 LC-MS/MS法を用いて網羅的解析を行ったところ、親株に比べ2倍以上の分泌亢進を認めたタンパク質が156個同定された。そのうち22個はEMT誘導細胞でのみ検出された。腫瘍組織中にEMTを獲得した癌細胞が存在する患者血中には、これらの分泌タンパク質を標的としてEMT関連の腫瘍特異的自己抗体が産生されている可能性が高い。腫瘍特異的自己抗体は早期診断にも十分な検出感度と特異性を併せもつバイオマーカーとして期待されていることから、本研究により、治療抵抗性を示し短期間で再発や転移をおこすことが予想される高悪性度癌患者を可能な限り早期に見出し、適切な治療の必要性を提示できれば、患者の予後改善に大きく貢献できるものと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は肺腺癌培養細胞にEMTを誘導し、その過程で分泌されるタンパク質のプロファイルを作成することを目標とした。培養上清を用いたセクレトーム解析に関する報告は数が少なく参考となる方法論が無かったため、まずconditioned mediumか中から細胞が分泌したタンパク質を効率よく抽出、濃縮し、安定して質量分析を行う方法を確立した。この方法を用いて親株とEMT誘導細胞が分泌するタンパク質を比較したところ、EMT誘導細胞で2倍以上の分泌増加を認めたタンパク質を156個、EMT細胞にだけ存在するものを22個同定することができた。この中には、抗癌剤耐性や血管新生との関連が報告されているタンパク質も複数含まれており、患者血清を用いた診断マーカー候補の絞り込みへ繋げていくことが可能であり、その成果も期待できるものと思われる。以上の点から、本研究はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今回EMTを獲得した細胞から特徴的に分泌されるタンパク質が複数同定されたことから、次年度以降は計画書に従って以下のとおり研究を遂行する。1. 患者血清および健常者血清(収集済み)を用いて、血中に存在する候補タンパク質の有無や量の解析を行う。 2. 患者血清中に存在する、候補タンパク質に対する特異的自己抗体の解析を行う。 3. 肺癌組織および患者血清を用いて、候補タンパク質の血清診断マーカーとしての有用性の評価を行う。 具体的には、 1. 親株に比べ2倍以上の分泌量を認めたタンパク質を「候補タンパク質」として、血清アレイ解析法(RPPA法)により検討を行う。RPPA法は多数例の肺腺癌患者血清をプロテイン・アレイ用のガラス基板に載せて乾燥させた後、候補タンパク質に対する抗体を反応させて生じた抗原抗体複合物を化学発光法により検出することで血中に存在するタンパク量を半定量的に評価するもので、高感度で再現性の高い手法である。 2. 自己抗体の検出には、合成した候補タンパク質を用いたエバネセント法を用いる。この方法は当研究室で確立したもので、ELISA法に比べ検出感度が高く、微量しか存在しない低親和性自己抗体の検出を大量の検体について同時に行うことが可能である。 3. 1,2の検討により絞り込まれた候補タンパク質に対する抗体を用いて、治療効果や予後のわかっている多数例の肺腺癌組織について免疫染色を行い、腫瘍内発現の程度や臨床病理学的因子との関連性を検討することにより、EMTの診断に加えて抗癌剤感受性や予後予測マーカーとしての評価も行う。 この研究は本学医学部倫理審査委員会の承認を受けており、検体は原則としてインフォームドコンセントが得られたもののみを使用する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度生じた未使用額は以下の理由による。1.研究費交付以前に予備実験で使用していた消耗品を無駄なく使いきり、以降は効率よく物品の購入を行った結果である。2.EMT診断マーカー候補タンパク質に対する抗体の購入に際して輸入品が多く、思ったよりも納品に時間がかかりそうだったため購入を次年度にまわしたものがあった。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度購入できなかった抗体類については、次年度初めに発注して購入する予定であり、本年度の未使用額はすべて次年度の研究費と合わせて試薬などの消耗品購入にあてる。
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