研究課題/領域番号 |
16K15447
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
片岡 雅晴 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 特任講師 (20445208)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 循環器病学 / 心筋細胞 / 細胞周期 |
研究実績の概要 |
本研究では、成熟期心筋細胞での細胞周期調整メカニズムにおけるlincRNAの機能を解明し、さらに心臓病態時の治療への発展性を模索することを目的とした。成体期マウス心臓に心筋梗塞を作成して、心筋梗塞後3日後および14日後の心筋からRNAを抽出し、lincRNAアレイを用いた網羅的なlincRNAスクリーニングを施行した。最終的に、心臓に特異的に発現量が多く、心筋梗塞時に梗塞域近辺で大きく発現量の変動するlincRNAを1つ絞り込み、それをlinc-Heartと名付けた。linc-Heartは、心臓特異的に高発現し、心筋梗塞では急性期の梗塞域近辺で発現量が低下した。また、胎生期心臓では発現量が低下しており、成長に伴い発現量が増加した。アデノ関連ウイルス(AAV)ベクターを用いてlinc-Heartを心臓に導入し大動脈縮窄手術(TAC)を施行したところ、コントロール群(AAV-Luciferase注入心臓)と比較し、linc-Heart導入心臓ではTAC術後の心拡大が著明に抑制され、その効果はlinc-Heartによる心筋細胞サイズの正常維持によることが判明した。しかし、linc-Heart導入心臓においても、TAC後の心室筋の壁厚は肥大をしていたため、linc-Heart導入心臓では成熟心筋細胞が再び細胞周期に入り細胞分裂をすることで心筋細胞数が増加することが予想された。実際に、細胞増殖マーカーph3陽性心筋細胞は、コントロール群では皆無だが、linc-Heart導入心臓のTAC術急性期にはph3陽性細胞が高率に確認された。これらの結果から、linc-Heart過剰発現によって、TAC後の成体期心筋細胞の細胞周期を再開させ、細胞増殖を誘導できることが実証された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
着実に成果が得られていると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
lincRNAは発見された時期がごく最近であり、機能については多くが不明である。成体期心臓でのlincRNAの機能や、心筋細胞周期への関与については、全く報告が無い。よって、今回の研究結果によって、1)成体期心筋細胞の細胞周期にlincRNAが強く関与していること、および、2)成体期心筋細胞が細胞分裂可能な細胞周期の再始動を行うことが可能であること、という2点の重要な発見を行ったことは極めて価値が高いと考えている。 さらに、循環器領域疾患においては、病態心臓での心機能をいかに回復させるか、が極めて重要な課題である。幹細胞を用いる方法では細胞取得の困難さや倫理面での問題もあり、心臓での臨床応用の実現にはまだまだ課題も多い。また、direct reprogramming法も産生される心筋細胞の性能面の問題等により臨床応用までは課題が多い。本研究成果によって、病態心臓内で生存している正常機能の心筋細胞を、lincRNAを介して細胞周期を調整することが可能であることが実証され、病態心臓における心機能回復という治療への可能性を大きく飛躍させた。これは従来の再生医療とは大きく異なる新規の発想法による心臓治療概念といえる。 将来的な発展性として、本研究により、lincRNAの心筋細胞における細胞周期調節の鍵が明らかとなれば、同様の機能を有するヒトlincRNAを同定し、それを既に他疾患治療で臨床応用されているAAVを用いて心筋へ遺伝子導入する等の方法により、ヒト心筋梗塞後のリモデリング抑制や慢性的な高血圧症に合併した心肥大での心機能改善等へ応用できる可能性が広がり、臨床への将来的な貢献が大いに期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究は比較的計画通りに進行しているが、当初予定していたウイルスベクター作成費用が、効率的な実験の進行によって、予定よりも早くデータ収集が可能となったために、費用の余剰分を次年度使用額とすることとなった。
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次年度使用額の使用計画 |
gain- or loss-of-function研究において、細胞周期マーカーによる免疫染色等の解析を継続していき、また、gene chipを用いてlinc-Heart導入後の心筋のmRNA等の発現の相違を網羅的に解析する実験内容を計画している。Meis1等の心筋細胞周期に関わるとされる因子をより詳細に解析し、linc-Heartの心筋細胞周期調整メカニズムの全容解明を目標とする。
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