研究課題/領域番号 |
16K16016
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
金澤 輝代士 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 助教 (50759256)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | マーケットマイクロストラクチャ / エージェントベースモデル / 経済物理学 / 確率過程論 / 統計物理学 / データサイエンス / 統計解析 / 統計力学 |
研究実績の概要 |
近年の電子機器の発達により社会現象についての詳細なデータが入手可能になりつつあり,金融市場もその例外ではない.本研究では金融市場でも特に外国為替市場(銀行間外為市場)のデータ解析を行う.外為市場ではトレーダー達が他のトレーダーと心理的な駆け引きを行い注文の意思決定を行っている.その情報は板情報として提供されており,我々は板情報を解析することで,市場のミクロ構造を科学的に調べ,更には市場安定性に関する知見を得ることを目標としている. 本年度は,(1)金融市場のトレーダーログを一人一人のレベルで観測し,統計法則を発見すること,および(2)実データに基づいて金融市場を記述するための,基礎的なモデルの構築・その理論的挙動の研究に大きな時間を割き,非常にポジティブな研究成果を得た. まず我々は板データの中でも最も詳細なデータである,市場トレーダーの一人一人のトレーディングログを解析し,トレーダーに共通する性質を調べることにした.具体的には,トレーダーのトレンドフォロー傾向に興味を持ち,過去の市場価格変化と将来のトレーダーの指値変化がどのように相関を持つかを調べた.その結果,高頻度に取引を行うトレーダー(HFT)について共通するシンプルな統計法則を得た. 次に,上記の統計法則を組み込んだトレーダーのエージェントモデルを確率過程論の枠組みで構築した.更に,この多体系を統計物理学で発達した数学的手法(cf. 分子運動論,ボルツマン方程式)を用いて解析的に解いた. 以上の結果をまとめた論文がアメリカ物理学会の速報誌Physical Review Lettersから発表された.またその数理的性質をまとめた長い論文を執筆し,現在投稿中である(arXiv: 1802.05993).更に,トレーダーの注文行動についてより細かい統計解析を行った論文も執筆し,現在投稿中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の特筆すべき進展として,金融市場を記述するミクロなモデルが実データを元に構築され,それに関する基礎的な理論が確立したことがあげられる. 本研究の最終目的として,金融市場の安定性をミクロなエージェントベースモデルから調べることにあるが,そのためにはミクロなエビデンスからきちんと実証されたモデルを使うことが重要である.本年度の研究進展は,そのための基盤をデータ解析・理論解析の両方向から構築したことになり,計画を大きく進展させたと研究当該者は判断している. 特に,本研究は物理学専門誌の最高峰のPhysical Review Letters(アメリカ物理学会)から出版されたことは特筆に値すると考える.また本研究は一般の関心を引いたため,アメリカ物理学会から特別にハイライトされ,アメリカ物理学会の運営するアウトリーチングサイトである``Physics", ``Physics Today",および``Physics Buzz Blog"に解説記事が掲載された.またアウトリーチング活動の一環として東京工業大学広報から本研究に関するプレスリリースを行った. 更に,速報誌に掲載された内容を数学的により深堀した論文も執筆が完了し,投稿にこぎつけることができた.それに加えて,速報誌のデータ解析の内容を深堀した詳細なデータ解析についても論文を執筆し,投稿することができた. 以上のことから,本研究の基盤を完成させるとともに,多数の続報論文を執筆することができ,当該研究に特記すべき進展があったと考える.
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究成果により,安定している市場を理解する実証的・数理的基盤が大分固まってきた.しかし今までのデータ解析・モデル解析は安定な市場に対して適応可能でも,不安定な市場に対してはそのまま適応できないものと推察される.そこで今後の研究方針としては,不安定な市場に対してどのようにデータ解析を行い,モデルを改善していくべきかを考える必要があると考えられる. まず,不安定状態に陥った市場のデータ解析を行うことを考えている.具体的には,2011年3月の震災中・震災後の市場クラッシュ(EBS, 円ドル市場)や,2016年6月のBrexit後・2016年11月の米国大統領選後などに金融市場が大きく動いたことが知られている.当該研究者はこの時期の外為市場の板情報を解析することで,時系列レベルではない,板情報レベルでの不安定市場特有の市場のミクロ構造を調べることを考えている. 次に,不安定市場の板レベルの統計法則を,今まで構築してきたエージェントベースモデルに組み込むことで,理論モデルの改良を行うことを予定している. 以上を通じて,不安定市場でも有効なミクロモデルを実データをベースに構築していることを次の目標として考えている.
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年3月に本研究成果が米国物理学会誌のPhysical Review Lettersが出版された.出版に関わる出費(オープンアクセスフィー・カラーチャージ) が3月に発生したが,為替レートの関係で,当初の予定より少額で済んだため残額が生じた.残額は,2018年度に予定されている海外出張(国際会議での発表)に支出する予定である.
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