近年、ニホンジカの植食圧による植生衰退のため、リターの分解に関わる腐食連鎖が損なわれ、森林の物質循環に影響が生じると懸念されている。リター分解においては、局所適応した土壌微生物との組み合わせによって、最適な分解が行われるというホームフィールド・アドバンテージ (HFA)現象が報告されており、シカ食害はリター-土壌微生物間の相互作用を破壊し、リター分解プロセスに不可逆的な変化をもたらす可能性がある。そこで、本研究では、リターの形質と土壌微生物の機能の関係を考慮することによって、シカによる植生衰退が、リター-土壌微生物間の相互作用の変化を通じて、リター分解プロセスに及ぼす影響を解明することを目的とした。 最終年度は、東京大学秩父演習林の冷温帯林に設定した、標高別シカ排除柵内外の実験区(シカ排除区・対照区)において、前年度に引き続きリター分解実験を実施した。シカ排除区と対照区の間で相互移植されたリターについて、本来のリター-土壌微生物の組み合わせに比べて、本来とは異なるリター-土壌微生物の組み合わせでリター分解速度が低下するというHFA効果の検証に取り組んだ。埋設したリターバッグを季節ごとに回収し、リターの分解率とCN・リグニン・フェノール分析を進めた。また、リターバッグ直下の土壌を採取し、菌類・細菌類の機能と現存量の分析を行った。 研究期間全体を通じて実施したリター分解実験のデータに基づいて、移植したリターと本来のリターの分解速度を解析した結果、シカ排除区と対照区のいずれにおいても、移植したリターより本来のリターの分解速度が高く、HFA効果の存在が確認された。また、移植したリターと本来のリターの分解速度の違いは、リターの形質と特定の土壌微生物分類群の違いで説明され、シカ食害によるリター-土壌微生物間の相互作用の変化が、リター分解プロセスに影響を及ぼすことが明らかになった。
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