本研究は、被膜児の文化背景、とくに信仰の衰退要因を社会文化面から扱い、医薬のみならず、思想や服飾品、交通網など多角的視点で分析したため、分野の枠組みにとらわれない研究方法を示すことができた。また、定期的に国際学会で研究発表をおこない、日本的な緻密な研究手法を提示するとともに、将来の研究基盤となりうる人的ネットワークの形成もおこなった。 被膜児伝説信仰の衰退の社会文化的背景として、日本では産科技術の向上およびその一般化が、英国では産科医療の向上以上に、船舶技術の向上による海上交通の安全化および鉄道交通網の発達が、それぞれ存在することが判明した。従来の研究では、現存資料の少なさゆえに、日英ともに被膜児伝説信仰の衰退要因研究はなされてこなかったが、本研究で日英それぞれの信仰衰退の一要因を明らかにすることができた。両国ともに、関連遺物がごく少数ながら残ってはいるものの、被膜児伝説に関する信仰は現在伝承されておらず、産科習俗にいたってはイギリスでは文献に記載されていること以外は不明、国内では集落・市町村の合併や住民の移動等に習俗の散佚、習俗の相違と周辺集落の歴史的社会問題の関連性がわずかに見いだせたにすぎなかった。 だが、イギリスでは、ライフジャケットおよび船舶技術の発達と、鉄道交通網の発達による物資運搬の簡易化および旅行業の興隆が被膜児伝説の信仰衰退に拍車をかけたことがわかり、また、国内では本研究の対象年代とは異なる中世において、羊膜に武具としての機能および信仰が見出されていたことを示唆する文献が見つかったため、イギリスにおける被膜児伝説と交通技術の関連性についてさらに掘り下げていくとともに、国内における武具としての羊膜と生命観の変転の解明について、引き続き、課題として取り組んでいく。
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