研究課題/領域番号 |
16K16342
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所 |
研究代表者 |
大原 啓子 (貴田啓子) 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, 保存科学研究センター, 客員研究員 (20634918)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 紙の劣化 / セルロース / SEC-MALLS / 緑青焼け |
研究実績の概要 |
日本画などにみられる「緑青焼け」は、銅を含む顔料により基底材の劣化が著しく促進され、変色、脆弱化を伴う深刻な問題である。本研究では、日本の書画における修復処置として、現行の裏打紙取り替え工程、および水洗工程に着目し、「緑青焼け」に対する処置としての効果を評価する。一方、「緑青焼け」劣化現象の主要因である銅イオンの拡散の影響を検討するため、本年度は、緑青のみならず銅含有顔料の焼けによる劣化現象について、変色およびSEC-MALLS分析によるセルロース分子量低下の挙動について、緑青と比較し検討した。 銅含有顔料として、緑青と同様に、日本画の主要な顔料のひとつである群青顔料による「群青焼け」の劣化現象は、目視観察では、褐色化、脆弱化を伴う「緑青焼け」と類似の様子が見られた。しかし、両者の劣化現象について、変色およびセルロース分子量低下の速度を比較した結果、いずれの劣化現象も、群青の方が緩やかに進行することがわかった。変色速度については、加速劣化4週までは、両顔料塗布試料の変色は同程度であったが、8週経過時点において、緑青試料のみで、変色速度が速くなった。一方、加速劣化初期より、群青塗布試料は、緑青塗布試料よりもセルロース分子量の低下は小さく、加速劣化8週まで、同傾向を示した。以上の結果は、2種の顔料による変色の経時変化と、セルロースの分子量低下の経時変化では、挙動が異なることを示し、変色の劣化機構とセルロースの分子量低下を伴う劣化は、異なる機構で進行することが示唆された。 当該年度の結果において、銅含有顔料による紙の劣化現象について、顔料による相違点を発見した。紙の変色、およびセルロース分子量低下を示す劣化の現象が、各々別の反応機構で進行することを示し、これらを詳細に分けて検討する必要性を明らかにした。この新たな着眼点を見出して点において、有意義な結果が得られたと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当該年度で、これまでの研究成果をまとめた報告として学会発表と論文執筆を含めていたが、当該年度のテーマを緑青以外の銅含有顔料についても、試料を増やして作成、分析を行ったため、予定していた報告等が次年度に延びてしまったことを理由とする。
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今後の研究の推進方策 |
本研究で着目した緑青焼け現象解明の一端である、銅イオンの影響の観点については、今年度は、顔料の幅を広げ、群青の影響を調べた。銅含有顔料が紙の劣化に与える影響が、銅イオンの観点からおおよそまとまってきたため、今後は発表の機会を増やし、論文にまとめる方向に進める。「群青焼け」の劣化現象を調べることにより、「緑青焼け」との類似点のみならず、相違点も見つかっている。紙の劣化現象のうち、変色と分子量低下は、いずれも劣化現象のひとつで、ある程度相関があるものと考えられるが、その速度について群青と緑青では挙動が異なっていた。これを解明するには、一連の実験を組む必要があり、本研究に組み込むことはできないが、この相違点の発見は次の研究に繋がるものと考える。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究課題の当初の目的は、ほぼ達成されたが、和紙の顔料による劣化現象を追う中で、課題で注目していた顔料以外の類似の顔料シリーズにおいて、同様の実験を追加で行い、劣化現象を確認した。従って、これらの結果の発表については次年度に繰り越した。
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