研究期間前半の2年間には、単純な実験用音列で、視覚・聴覚・触覚情報の役割を検討してきた。その中では、視覚情報が打鍵位置決定において特に重要な役割を果たしており、聴覚・触覚情報は生じたミスの素早いリカバリに役立っていることが明らかとなった。また、本研究期間の3年目以降には、各実験参加者が確実に自信をもって弾けるレパートリー楽曲の抜粋を調査対称とし、その演奏における視覚・聴覚情報の役割を、同様の実験デザインと解析方法で検討した。レパートリーの演奏でも、視覚情報はエラー避ける上で特に大きな役割を果たしており、また、聴覚情報がエラーの修正に役立っていたことがわかったが、レパートリー演奏では、より大きな個人差がみられ、跳躍を含む技術的難易度の高い音型の演奏であっても、視覚情報なしでかなり正確な演奏ができていた実験参加者もみられた。この結果はレパートリーでは個人によって演奏中に各種知覚情報の利用の度合いが異なる可能性を示唆している。 加齢性難聴を模した聴覚フィードバックを与えながらの演奏に関する研究も共同研究の形で行ったが、その中では、少なくともミスタッチの頻度には影響がなかった。聴覚フィードバックの鮮明さは、演奏のより微細なコントロールに影響するものの、運指の正確さ自体には影響しないということが確認された。 本研究の提案した演奏エラー分析方法として、従来からある「ミスタッチ」の基準である「位置エラー」に加え、「移動距離エラー」を解析対象とすることにより、演奏のどの局面で各種情報が役立っているかを推定することが可能になった点は重要な成果であると考えている。最終年度にはこのエラー分析方法の観点も応用しながら、歌唱における聴覚フィードバックのピッチコントロールにおける役割を検討した。今後さまざまな形態の「演奏」における知覚情報の役割の検討にも本研究成果を応用できる可能性を示すことができた。
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