加齢とともに増加する認知症患者は、我が国では、2025年には約700万人にまで達すると推測されている。したがって、加齢に伴う認知機能の低下を抑制し、認知症発症を予防することは非常に重要な課題であると考えられる。これまでに、運動は認知機能を向上させることや認知症予防に有効であることが報告されている。しかし、運動が認知機能を改善させる生理学的機序は十分に明らかにされていない。本研究では、運動による認知機能改善の機序を、認知症発症と関連する動脈伸展性や脳血流動態などの循環機能から検討することを目的とした。 本年度は、中高齢者を対象に、8週間の運動トレーニングを実施した。対象者は中等強度の有酸素性運動を行う運動群と、普段と変わらない生活を送る対照群に群分けされた。8週間の介入前後にて認知機能、動脈伸展性、脳血流動態を測定した。認知機能の測定には、ストループテストを実施し、文字の色と意味が一致する単純反応課題と文字の色と意味が一致しない実行課題の反応時間から評価した。また、動脈伸展性を超音波およびトノメトリセンサーから頸動脈のβstiffnessを測定し、近赤外線分光法(NIRS)から前頭前野の酸素化ヘモグロビン濃度変化を測定した。 8週間の介入前後において、運動群の単純反応課題の反応時間は変化しなかったが、実行課題の反応時間が有意に短縮した。また、運動群における頸動脈βstiffnessは有意に低下し、左前頭前野の酸素化ヘモグロビン濃度は有意に増加した。一方、右前頭前野の酸素化ヘモグロビン濃度の有意な変化は認められなかった。これらのことから、有酸素性運動トレーニングは血管機能を増大させ、脳血流動態を改善することで、実行機能を向上させていることが示唆された。
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