現代ストレス社会の問題の1つに養育困難や養育失調(最悪な事態として自殺や虐待)がある。たとえどんなに子ども思いの養育者であっても,体の疲れだけではなく,目に見えない心の疲れの蓄積から養育困難や失調に陥ってしまうリスクの線上にいると考えられる。養育者の健全養育の維持や促進を導くため,養育上の深刻な事態を招かないためにも,予防的な養育支援システムの構築に資する科学的エビデンスの蓄積が必要とされる。本研究課題では,養育者の子育て困難の個人差に焦点を当て,社会的情報処理の機能低下および神経科学的な基盤の解明を目指すものである。大人から子どもに教育的に働きかける社会的調整能力,特に対幼児発話(ペアレンティーズ)を取り上げ,対幼児発話を産出することに関与する神経基盤に関して機能的MRI実験により検討を行った。実験では,就学前の子どもを育児中の養育者を対象に,子どもまたは大人に対して,その相手が持っている物の名前を口頭で教える課題を実施し,その課題遂行中の脳活動を機能的MRIにより計測した。対幼児発話の産出は,対大人発話と同程度に言語野の活動を示したが,対大人発話とは異なる脳活動を示す部位として腹内側・背外側前頭前野のより強い機能的関与が認められた。なお,それらの部位の脳活動は抑うつ症状などとの関連性はなく,ストレス脆弱性は認められなかった。これまでに対幼児発話の「理解」に関わる神経基盤の一端には古典的言語野が重要な役割を担うとされてきたが,本研究は対幼児発話の「産出」に関わる神経基盤の一端を明らかにした最初の脳研究として位置づけられ、ヒト養育/教育能力の理解を深めることに貢献するものといえる。
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