ヒトの言語獲得において、乳児期の母語音声に対する聴覚学習はその基盤をなしている。この乳児期の音声情報処理の発達変化には、順序や時期に一定の共通性があることが明らかになっている。しかし同時に、大きな個人差が含まれていることもまた認められている本研究では言語発達の初期段階に既に見られる音韻弁別能力の個人差を生む要因が、聴覚情報処理以外にも存在しているのではないかと仮定し、そのメカニズムの解明を実証的に検討することを目的とした。 本研究課題を通して、まず5ヵ月児の感性情動音声に対する選好反応に、文化・言語共通性と異質性があることを明らかにした。さらに、ヒト音声と動物音声に対する乳児の選好反応から種の共通性と異質性があることを明らかにした。また、8ヵ月齢における行動実験的指標を用いた大規模な音韻弁別実験から、8ヵ月齢児では日本語長短母音の弁別能力に定まった傾向はみられなかった。これは、先行研究が示す通り長短母音の弁別力の獲得が9ヵ月以降で、8ヵ月という月齢はちょうど獲得過程にある段階であることが明らかとなった。10ヶ月齢における生理指標を用いたストレス耐性との関連については、母子分離場面において、泣く行動を示した児においては、有意な心拍数の上昇が見られたのに対し、泣く行動を示さなかった児は心拍数の上昇が見られないことが明らかとなり、これらのストレス耐性に関与するバイオマーカーとして唾液中コルチゾール及びアミラーゼの関与と、心拍反応として心拍変動の関与を明らかにすることができた。加えて、母子分離によるストレス反応のうち行動の表出が乳幼児の言語理解と関連が認められた。 今後、本研究課題を通して得られた乳児の大規模な縦断実験資料は、発達臨床、特別支援教育、日本語教育等の領域にも貢献し得る基礎的な研究資料となると考える。
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