本研究で報告者(研究代表者)は、イスラーム地域で独自の文化を育んだユダヤ人に注目し、彼らが内包するイスラーム地域の言語や文化に注目し、現代イスラエル(以下イスラエル)のユダヤ人の言語的多様性について調査を進めた。本研究によって研究対象をイスラーム地域出身・在住のユダヤ人にまで拡大することができた。主な成果は以下の通りである。 (1)イスラエル、イスタンブル、カイロ、米国において現地の当事者に直接会って聞き取り調査を行った。イスラーム地域出身・在住のユダヤ人は、彼ら独自の言語、記憶、文化、生活様式などを大切にしていることは明らかであったが、ある種の「語りにくさ」を抱えている可能性があることがわかってきた。言語や記憶の次世代への継承の形態や度合い、イスラエルとイスラーム地域の国家間の関係など、複雑な事情が背景にあるようだ。 (2)調査や分析の内容について、報告者がこれまで取り組んできた東欧系ユダヤ人とイディッシュ語の場合と比較し、研究対象となる人々や、国内と国外でユダヤやイスラームを研究するの研究者らとのディカッションを経て成果報告した。 (3)これまでの調査とその分析から、本研究の対象とする地域と言語をより適切なものに絞ることで、この調査を更に発展させることができることを見出した。そして本研究を「ユダヤ人言語共同体の集団的記憶の形成と伝承:旧オスマン帝国領のラディノ語の場合(特別研究員奨励費、2019.4-2022.3)」に繋げることができた。 (4)2022年度に東京外国語大学(AA研)にカイロ・ゲニザの専門家A. アシュル博士を招聘し、報告者と2人でカイロ・ゲニザ講読の言語研修を実施する予定である。研修に使用する教材や資料は後日ウェブで公開する。報告者は、交流の機会が比較的少ない分野の研究者や当事者同士が、ともに学び相互理解を深める機会を増やすことを目指している。
|