研究課題/領域番号 |
16K16681
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
圓増 文 東北大学, 医学系研究科, 助教 (60756724)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 臨床倫理 / 慢性疾患 / 自己管理 / 道徳的ディレンマ / 自律 / 倫理原則 / 原則主義 |
研究実績の概要 |
近年、慢性疾患罹患率の世界規模での増加、およびこれに起因する死亡率の国際的な増大が国内外において大きな社会問題となっており、それに応じて、この医療に関連する倫理的課題に高い関心が向けられるようになりつつある。他方で、生命倫理の領域では、慢性疾患が提起する倫理的課題について、十分な検討が行われていないという指摘がある。本研究は「自律概念をめぐる現代英語圏の生命倫理、および道徳哲学、臨床倫理の議論の再検討を通じて、慢性疾患に特有の倫理的課題を分析・検討するための生命倫理の枠組みを構築すること」を目的とする。慢性疾患は、治療に際して患者自身による自己管理を不可欠とする点で、他の疾患の医療とは異なる特徴を有する。本研究では、特に、そのような自己管理の支援にまつわる課題に焦点を絞り、「自己管理の支援に特有の倫理的課題とは何か」、「あえて自己管理を行わない患者を倫理的にいかに位置づけるか」、「自己管理の支援のあり方を考える上で、自律という倫理的概念は立脚するに足る基礎となりうるか」という問題を検討することを通じ、上記の目的を遂行する。 平成28年度は、資料収集の基盤構築を中心に行った。具体的には、以下(1)~(3)の三つ課題の遂行を計画し、特に(2)および(3)の課題遂行を中心に行った。(1)臨床倫理領域の研究として、慢性疾患のディレンマを多角的視点から記述した事例を収集するため、国内外の倫理事例検討会に定期的に参加すると共に、国内外のデータベースを通じ文献を収集し、分析を行うこと。(2)生命倫理領域の研究として、医療的ケア・支援の前提にある倫理的概念に関する先行研究の動向を把握するための文献研究を行うこと。(3)道徳哲学領域の研究として、自律、倫理原則等に関する研究動向を把握するための文献収集・吟味を行うこと。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
具体的には以下のことを行った。(1)については、東北大学大学院医学系研究科医療倫理学分野主催の事例検討会への定期的な参加、および国内のデータベースによる文献収集を通じ、以下のことが明らかにされた。慢性疾患医療の典型的ディレンマとされるいわゆる「患者が自己管理を行おうとしない事例」の中には、セルフ・ネグレクトの問題として把握されるべきケースが多く含まれること、そうしたケースに関して、「患者の最善利益促進を優先した支援」では限界があること等である。(2)の作業を通じて以下のことが明らかにされた。近年、慢性疾患の課題に即して新たな自律概念を提唱しようとする議論が多数見られ、その多くに共通する傾向として、自律を、決定だけでなく行動に関わるものとして拡張しようとする点、(b)自律を「促進するべきもの」と捉える点が見られることである。(3)については、ディレンマ解決・解消のための検討の営みにおける倫理原則の役割を、道徳的ディレンマに関する議論の吟味を通じて明らかにし、原則アプローチの意義を検討した。報告者はこうした(3)の研究結果をまとめ、関連する学会誌に投稿した。 他方、上記課題(1)の課題遂行にあたり、国内各地で定期的に開催される事例研究会・セミナー等への参加を予定していたが、妊娠に伴う体調不良のため十分に行うことができなかった。そのため、これらの研究課題の遂行は、出産育児に伴う休業期間の終了後に行うと共に、国内外のデーターベースを通じた文献収集によって補うことを予定している。 また、課題(2)および(3)の研究成果の一部を国内の学会にて報告する予定であったが、同じ理由で、実施することができなかった。そのため、これらの研究結果の発表は、出産育児に伴う休業期間の終了後、主に報告者の所属先、東北大学での研究会開催を通じて、行うと共に、学会誌への投稿を通じて補う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、医療現場の実態把握に努めると共に、それに照らした文献研究を中心に行っていく。具体的には、下記の三課題を並行して進める。 (1)臨床倫理領域の研究として、引き続き、事例の収集を行い、自己管理支援における倫理課題に対する既存の定式の吟味を行う。 (2)生命倫理領域の研究として、倫理原則の再定式化の検討を行う。特に慢性疾患医療に見られる「セルフ・ネグレクト」の問題を念頭に置いた場合の従来の原則の定式化の問題点を整理すると共に、新たな定式化の可能性を、功利主義やナラティブ・アプローチ、徳倫理学など、生命倫理の様々な立場からの議論を吟味することを通じて行う。 (3)道徳哲学領域の研究として、(1)および(2)での成果を踏まえつつ、自律についての文献研究を進める。具体的には、慢性疾患医療の課題に即した適切な自律概念再構築の可能性を、主にカント主義の自律の議論の吟味を通じて、検討していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度(平成28年度)の研究課題遂行にあたり、事例収集のため国内各地で定期的に開催される事例研究会・セミナー等への参加を予定していたが、妊娠に伴う体調不良のためこれらの計画を遂行することができなかった。また、研究動向の把握と研究成果発表のために、国内の関連学会への参加を予定していたが、同じ理由により、この計画を遂行することができなかった。そのため、計画当初予定していた旅費の執行を予定通りに行うことができなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は、主に国内各地で開催される学会、研究会、検討会、セミナーへの参加および、国内各地から研究者を招いた研究会の積極的な開催を計画しており、そのための旅費・謝金として使用する予定である。また、当該年度(平成28年度)の課題遂行で得られた研究成果の一部を、英語論文としてまとめ、次年度、国際学術誌に投稿する計画であり、そのために必要な英文校正にかかる費用として、使用する予定である。
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