研究期間全体を通じて下記の成果を得た。 1)臨床倫理領域の研究として、慢性疾患医療に特有の意思決定にまつわる課題を、事例の収集・分析を通じて抽出し、その解決策について検討を行った。具体的な疾患として子宮内膜症を取り上げ、この疾患特有の課題として「治療方針の決定にはキャリアパスや夫婦生活、家族計画の見直しといった形で、しばしば患者の生活・生き方の選択が伴う」という点を明らかにした。この課題に向き合う患者を支援するツールとして意思決定支援ノートの開発を行った。また終末期医療における意思決定支援に関わる主要概念であるACP概念に着目し、その思想的背景について検討を行った。 2)生命倫理領域の研究として、「他の人を尊重する・敬意をもって扱うこと」にまつわる倫理原則の再定式化を行った。具体的には、慢性疾患医療に関連して近年展開されている自律をめぐる議論に注目し、この概念の問題点を指摘した上で、尊重概念をめぐるカントおよび現代カント主義の議論を踏まえた上で、自律尊重に代わる原則の再定式化を行った。 3)道徳哲学領域にまつわる研究として、道徳ディレンマの問題を取り上げ、ディレンマに対する倫理的な解決の方途について検討した。具体的には、事例検討会や倫理コンサルテーションでの検討過程の分析、および道徳ディレンマおよび原則主義をめぐる道徳哲学の議論の吟味を通じて、ディレンマ解決のための検討作業における倫理原則の役割を明らかにした。 とくに最終年度(2019年度)は、2)のうち、自律概念の限界とその克服について検討するため、出生前検査提供をめぐる議論に注目した。具体的には、同検査のスクリーニングとしての提供をめぐる欧米の議論を分析し、そこにおける自律理解の分析と問題の抽出を行ったうえで、カント主義O'Neillの議論を手掛かりに、自律に代わる理論枠組みとして義務に依拠した枠組みの可能性について検討した。
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