研究実績の概要 |
チベット仏教ゲルク派の創始者ツォンカパ・ロサンタクパ(1357-1419)以降に成立した、中観思想とその修習法を説く論書・詩作品・宗教歌を収集して分析し、中観思想と文学の融合、並びにチベット仏教における宗派意識という視点から、チベット文化史の一側面を明らかにすることが本研究の目的である。当該年度は以下の三点を中心に研究を進めた。[1]ツォンカパの『縁起讃』の影響のもとで成立したチャンキャ・ロルペードルジェ作『知見の歌』を、クンチョク・ジクメ・ワンポ(1728-91)の註釈に依拠して精読し、後代ゲルク派中観思想が実践論を志向する性格を有する点、同作品が衒学的議論と無縁であり詩的表現の多用によってチベットで広く受け入れられた点を指摘した。その成果を「顕現と空性:『知見の歌』研究(1)」(『比較論理学研究』15: 55-73, 2018年)に発表した。[2]ツォンカパ作『密意解明』とテンダル・ラランパ作『離一多性論』に説かれる否定対象論を分析し、凡夫の感官知において諸事物と不可分のものとして顕現する「自性に基づく成立」という否定対象を退ける過程を、彼らの理論に立脚して描き出した。その成果を“Tsong kha pa et al. on the Object of Negation (dgag bya)” (Tetsugaku 69: 95-105, 2017)に発表した。[3]ツォンカパの『道次第大論』等に説かれる人間観に着目し、彼がチベット論理学の述定理論を踏まえて、施設有としての〈人〉の本質を明らかにすると共に、幻のように意識に顕現し、業を積み苦楽を経験する主体を担う〈人〉のあり方を強調する点を明らかにした。その成果を「ツォンカパの人間観」(『人間とは何か1(日本佛教学会叢書)』(pp. 44-61), 法蔵館, 2017年)に発表した。
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