本研究(課題名:チベットの中観思想と文学の総合的研究)の目的は、チベット仏教ゲルク派の創始者ツォンカパ・ロサンタクパ(1357-1419)以降に成立した、中観思想とその修習法を説く詩作品・宗教歌を収集して分析し、中観思想と文学の融合、並びにチベット仏教における宗派意識という視点から、チベット文化史の一側面を明らかにすることである。最終年度に当たる令和元年度(平成31年度)では、[1]ゲルク派のチャンキャ・ロルペードルジェ(1717-1786)によって書かれた哲学詩『知見の歌』およびその諸註釈の研究(パリのINALCOで開催された国際チベット学会にて口頭発表)、[2]ツォンカパの叙事詩『サダープラルディタ・アヴァダーナ』の[2-1]内容分析(日本印度学仏教学会にて発表、『印度学仏教学研究』に英語論文を寄稿)と[2-2]翻訳研究(『比較論理学研究』に発表)を実施した。
期間全体を通じて実施した研究の成果を以下にまとめる。[1]『知見の歌』および註釈文献の研究により、「顕現と空性の一体化」という概念がチャンキャの中観思想の根幹にあること、同作品がチベットにおける「仏教と文藝」の統合を具現化すると共に、19世紀以降に展開する脱宗派運動の一つの契機を作った点で重要な意味を持つことが明らかとなった。 [2]『サダープラルディタ・アヴァダーナ』の研究により、同書に見られるツォンカパ形成期の「無念無想」の思想の位置づけが後代のゲルク派の修道論の中で議論の的になる点や、同書がサンスクリット詩論の知識に裏付けられたチベット独自の美文詩を実現する最初期の作品として文学史上において重要な意味を持つ点が明らかとなった。
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