本研究の目的は、思渓版大蔵経の目録である台北故宮博物院蔵南宋刊本(故宮本)の書誌学的研究、並びに故宮本と本来一具であった中国国家図書館蔵思渓版大蔵経の原本調査により、目録と現存状況の乖離の原因を究明し、思渓版大蔵経刊行の実態を実証的に解明することである。 最終年度である令和4年度は研究期間に実施した研究成果をまとめた。従来、思渓版大蔵経の総体は、活字本である『昭和法宝総目録』第一巻に収録される思渓版大蔵経の目録『安吉州思渓法宝資福禅寺大蔵経目録』(後思渓録)により規定されてきた。ただし、この活字本には底本が記されていない。本研究ではその底本が京都大学附属図書館所蔵の写本であること、その祖本は天安寺旧蔵の南宋刊本であり、現在の台北故宮博物院蔵本であることを明らかにした。その上で、故宮本を原本調査し、故宮本は全体が南宋刊本ではなく、首尾の欠損部を補筆しており、その補筆部分が何に依っているのかが問題の核心であることを確認した。これに対し、故宮本を思渓版の目録『湖州思渓円覚禅院新彫大蔵経目録』(前思渓録)と日本の慶安元年(1648)に刊行された『日本武州江戸東叡山寛永寺一切経新刊印行目録』(天海版目録)と対照し、三者の収録経典、並びに表記方法を検討することで、故宮本の補写部分が『天海版目録』によるものであることを解明した。 以上は目録に対する検討であり、思渓版大蔵経の現存状況も調査し、両視点より思渓版大蔵経刊行の実態を実証的に解明する計画であったが、新型コロナウィルス感染症により国内外の現存状況の調査は十分に実施することが叶わなかった。この点は今後の課題である。
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