研究課題/領域番号 |
16K16703
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
高橋 沙奈美 北海道大学, スラブ・ユーラシア研究センター, 助教 (50724465)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ロシア正教 / ディアスポラ / 冷戦 / 聖人崇敬 / 歴史認識 |
研究実績の概要 |
平成29年度は、これまで調査してきたサンクト・ペテルブルグの聖クセーニヤについて、査読誌に論文を投稿し、掲載された。 また、最後の皇帝ニコライ二世一家殺害事件に対するソ連国内での歴史認識を明らかにし、一家に対する崇敬について調査した。この結果について、国際学会で報告することができた。 12月にはアメリカのシカゴ主教区とニューヨーク州の在外ロシア正教会聖シノド・アルヒーフ、およびジョルダンビリーの聖三位一体修道院の図書館で調査を行うことができた。シカゴでは、在外教会におけるニコライ二世一家列聖に関わった司祭の妻に話を聞くことができた。また、彼女自身が1970年代にツーリストとしてレニングラードの聖クセーニヤの墓を訪れた経験についても明らかになった。聖シノドおよび聖三位一体修道院での資料集では、クロンシュタットの聖イオアン神父、聖クセーニヤ、皇帝一家の崇敬と列聖に関する大量の一次資料および、新聞・雑誌記事を手に入れることができた。 在外教会が列聖に踏み切るに至った経緯として、在外教会を本国のロシア教会に従属するものではなく、真のロシア教会と考えた府主教フィラレート(ボズネセンスキー)が指導者となったことが、重要な意味をもっていたことを明らかにした。また、イオアン神父やクセーニヤの列聖に向けては、一般信徒からなる兄弟会/姉妹会がイニシアティブを取って、奇跡譚を収集し、イオアンやクセーニヤの文化的表象の造形に大きく貢献していたことがわかってきた。一方の皇帝一家の列聖に関しては、歴史認識が大きな問題となった。皇帝一家の運命をどのように表象し、普及するかという問題が極めて重要であり、これに高位聖職者や知識人などのロシア人ディアスポラのエリートが大きく関わっていたことが、さまざまな資料から明らかになってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
聖イオアン神父については、神父と帝政末期のロシア社会についての優れた研究"A Prodigal Saint: Father John of Kronstadt and the Russian People" (Penn, 2000)を表したNadieszda Kizenko教授とコンタクトを取ることができた。キゼンコ氏は在外教会の歴史にも造詣が深く、今後の研究を進める上で、氏から様々な助言を得ることによって、研究を大きく飛躍させることが期待される。 ロシアで収集した資料から、在外教会の列聖が本国の教会に及ぼした影響について、聖人の表象の仕方や、歴史認識という点において少しずつ明らかになってきた。今後は、本国の教会と在外教会の関係というより大きな文脈を明らかにしながらこの問題について論考を深めることが望まれる。 また、北米における資料収集およびインタビュー調査では、イオアン神父、聖クセーニヤ、皇帝一家それぞれの列聖と崇敬に関して、非常にたくさんの資料を集めることができた。資料収集の過程で、聖チーホン正教人文大学のAndrey Kostriukov教授による亡命教会についての優れた先行研究(Russkaia Zarubezhnaia Tserkov' v 1939-1964 gg. (Moscow, 2015))を参考にすることができた。氏は、ロシア正教会渉外部に勤務した経験があり、外部のものには閲覧不可能な渉外部のアルヒーフ資料をふんだんに用いた研究を上梓している。コストリューコフ教授とは、次回のモスクワ調査の際に助言と協力を得られるよう、連絡を取っている。今後、本研究課題の統括に向けて、十分な準備を行うことができたという点で、現時点の研究はおおむね順調に進捗しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、モスクワおよびエカテリンブルグでの調査を予定している。在外教会の歴史研究の第一人者である、聖チーホン正教人文大学のコストリューコフ教授と、今後の資料収集や研究手法について、打ち合わせを行う。特に、部外者の利用が不可能なロシア正教会渉外部のアーカイヴ所蔵の資料について、情報提供を受けることを予定している。特に、ロシア正教会がエキュメニカル運動(教会帰一運動)にどのように参加していたのか、在外教会とコンタクトを取っていたのか、取っていたとしたらどのような内容のものであったのか、具体的な史実を明らかにすることを目指す。 また、1918年7月のニコライ二世一家の殺害から100周年を迎えるにあたり、エカテリンブルグでは大規模な記念式典が予定されている。これに参加して参与観察を行う。同時に、1980年代から90年代にかけて、ニコライ二世一家の崇敬に関わった人びとに対して聞き取り調査を行い、彼ら個人と在外教会との間の連絡や支援について明らかにすることを目指す。 以上の調査により、ソヴィエト本国の正教会と在外教会が組織としての公的レベルから、個人間の交流といった私的なレベルまで、どのような形で相互に影響を及ぼしていたのかを明らかにする。調査結果については、12月にボストンで開催予定の国際学会(ASEEES)にて報告する。またRussian Reviewなどの英文査読誌に投稿する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、本研究課題の予算で予定していた北米での調査旅行について、別財源の研究予算で支出できることになったので、次年度使用額が生じた。 これについては、平成30年度にロシア(モスクワとエカテリンブルグ)での調査旅行の費用として主に支出することを計画している。
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