本研究は、ロシア正教会および亡命ロシア人の結成した在外ロシア正教会における、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ二世に対する崇敬と列聖から、それぞれの教会の歴史認識や政治的立場を考察したものである。生前、不人気だった皇帝は、亡命ロシア社会において革命の犠牲のシンボルとなり、ロシアの聖ヨブになぞらえられた。1981年には在外教会において革命への批判と復古主義のメッセージを本国に突きつける形で、革命期の多くの殉教者たちと共に聖人に列せられた。1980年代末以降、ロシア本国でも亡命教会で形成された言説が急速に受け入れられ、それは今日の復古的保守主義にまで影響を及ぼしている。
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