最終年度にあたる本年度は、現代フランス哲学における「没利益」概念の研究をおもなテーマとしながら、期間全体の総括的研究をおこなった。とりわけ本年度は、マルセル・モースの「贈与」概念とも接続しうる思想を展開したフランスの現代哲学者エマニュエル・レヴィナスについて、以下の研究を実施した。第一に、彼がロシア語でつづった青年期の詩および散文作品を分析することで、これまでほとんど知られていなかったストラスブール大学時代のレヴィナスの関心の所在を明らかにするとともに、のちの哲学著作にまで通底しているいくつかの主題がすでにこれらのロシア語著作に現れていることを示した。具体的には、(1)光の次元と対置される音(雑音)への関心(2)一神教および多神教の神をめぐる議論(3)主著『全体性と無限』で精緻に概念化されることになるエロス論である。(1)はレヴィナス自身によって放棄された「音の現象学」の企図とも関連しながら、のちの他者論の下地となっている。(2)は『全体性と無限』における異教・無神論・一神教の三層構造に直接結びつく関心を示している。(3)は「上昇的超越」と「下降的超越」というレヴィナスにおける「超越」の問題と大きく関わる着想をすでに示している。第二に、レヴィナスの後期の主著『存在するとは別の仕方で あるいは存在の彼方へ』および『貨幣の哲学』を分析対象とし、レヴィナスがスピノザやハイデガーを介して「内存在性」の価値論を批判する点に着目することで、レヴィナスが最晩年に提出する「没利益」の概念をより広範な哲学史のなかに位置づける可能性について検討した。この研究は今後も継続して行っていく予定である。
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