平成29年度は亡命中のウィーン時代のバラージュの活動について研究を行った。バラージュは亡命先のウィーンでいち早く映画の芸術性を見出し、ドイツ語で評論を行ったとされる。本年度は特に、亡命前のハンガリー語による演劇の理論と、『視覚的人間』を初めとするドイツ語による初期映画の理論を比較した。この作業の中で、バラージュの理論形成の過程には、当初想定していた演劇から映画という単純な構図ではなく、舞踊や人形劇といった中間的なジャンルを経由していること、そしてバラージュは積極的に亡命前後にこれらの作品に取り組んでいたことが明らかになった。具体的には『ドラマツルギー』(1918)、『劇』(1917年)、『黒い壺』(1919年)、『演劇の理論』(1922年)、『視覚的人間』(1924)の分析、さらにクシェネクのバレエとして知られる『マモン』の譜面やそのリブレットについて資料調査した。具体的な成果発表は下記のとおりである。 ・バラージュの人形劇の文体とその翻訳の際の課題と可能性について、ハンガリーのバラトンフュレドで9月に開催された日本語-ハンガリー語翻訳セミナーで発表を行った。 ・人形劇における実践と理論の関係性について、国内学会発表を行った。 さらに本テーマに関連する研究ノートを国内学会ニューズレターで発表したほか、平成28年度に国際学術誌に投稿した論文を現在改稿中である。
以上のように昨年度と今年度の2年間の研究期間全体を通じて、映画と文学、批評と実践というバラージュの分野横断的な活動の一端を明らかにし、芸術史における彼の業績の再検討を行った。
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