本研究では,20世紀前半のヨーロッパにおける電子楽器開発の過程を,音楽外的・文化史的背景との関連から考察することを試みた.具体的には,当時提示された「普遍楽器」の概念を軸として,同時代の列強各国に見られた科学至上主義や合理主義的思想,さらに<集団主義的思想>と素朴な音楽観への改定といった思想的潮流が,電子楽器開発とどういった点で関連していたのかを,演奏行為をめぐる概念変化の点から考察した.その結果として,第一の「普遍楽器」である自動演奏楽器製作が推進された背景には,演奏を音楽における二次的な行為とみなし,作曲こそ真の創作行為であるとする,19世紀的な価値観が強く影響を及ぼしていたことが考察された.さらに,上記のような観点は,肉体と精神を二分し,後者を重視する西洋の倫理的観点と関連する可能性が見受けられた. また,人が奏するタイプの電子楽器と第二の「普遍楽器」にまつわる美的概念の調査を行った結果として,第二の「普遍楽器」においては,特殊な技術を持たない一般の人々や音楽愛好家による演奏が「よい趣味」を示す行為として,積極的に推奨されていることが明らかになった.こうしたことは,従来は高度な教育を受けた「知識人」(Veuillermoz 1928),すなわち新楽器の発明家や専門的音楽家などに対してのみ開かれていた音楽表現に,専門教育をまったく受けていない一般の人々が参画する可能性が与えられたということであり,演奏の美学にひとつの時代的転換がもたらされていたことを示す出来事であったと考えられる.このように,本研究においては,電子楽器演奏をめぐるさまざまな美学的背景を通して,同時代の音楽潮流における文化史的背景の一端を明らかにすることができたと考える.
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