研究課題/領域番号 |
16K16734
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
江口 みなみ 早稲田大学, 文学学術院, 日本学術振興会特別研究員 (90753210)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 美術史研究史 / 日独美術交流 / 戦後ドイツ / 日本美術研究 |
研究実績の概要 |
本研究は、ドイツにおける日本美術研究について、第二次大戦後の状況を実証的に検討することを目的とする。西欧では19世紀末より日本美術への関心が高まるにつれて、美術品の収集・売買だけでなく専門的な日本美術研究が発展していった。ドイツのベルリンはその中心地のひとつであり、日本の美術関係者との交流を含む豊かな研究ネットワークが構成された。しかし、1930年代半ばから日独の政治的な関係が強まったことにより、彼らも文化工作に荷担せざるをえず、また敗戦後は活動を続けることが不可能となった。加えて、日本美術研究の拠点であった東アジア美術コレクションは戦災により展示空間を喪失し、多数の所蔵品が侵攻したソ連軍に接収された。 報告者は平成28年度の研究において、ドイツの研究者が近年モスクワで実施した調査の報告文や、同コレクションの中国美術作品に関する論文および1951年にツェレで開催された東アジア美術展の関連資料から、戦後の状況を読み取っていった。同時に、戦後ドイツにおける美術史研究や美術館の活動・機能について把握するため、いわゆるWiedergutmachung(名誉回復)活動や各美術館の再建、コレクションの再編といった事象に関する文献や資料を調査した。とりわけ2017年3月にミュンヒェンで行った現地調査では、展示施設「ハウス・デア・クンスト」の戦中から戦後における大きな機能的変容について知見を得たほか、同館で開催された戦後美術の国際的な比較展示「Postwar: Art between the Pacific and the Atlantic 1945-1965」展によって、ドイツにおける戦後日本美術の理解について考察を深めることができた。また近現代の日独美術交流を専門とする研究者や、戦後の日本美術と米国の関係に詳しい研究者と意見を交わし、今後の研究における課題と展望が明確となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度は、つぎの二点の課題に取り組んだ。第一に、戦後のベルリン東アジア美術コレクションの被害状況と、のちにダーレムに設置された常設展示室に関する調査。第二に、ツェレで開催された東アジア美術展を中心に、戦後ドイツにおける日本美術鑑賞の場がどのようなものであったか調査した。第一の課題について、ベルリンにおける現地調査は先方の都合もあり実行できなかったが、文献調査は予定通り進めることができた。また、東西に分断されたベルリンの国立美術館がそれぞれ行っていた活動に関する文献も読み進めた。第二の課題について、ツェレでの展覧会に関する資料に加えて、同時期に米国で開催された日本美術の展覧会についても比較材料として調査した。資料調査のため、国立国会図書館や東京国立博物館の資料館などを利用した。スケジュール調整等で課題となる点もあったが、これまで詳細が把握できていなかった「名誉回復」活動や「Entnazifizierung(非ナチ化)」といった事象について、予期していた以上に具体的な情報を収集できたことは大きい。また、戦前・戦中期の日独美術交流では美術史研究者だけでなく作家もそのネットワークの中で重要な役割を果たしていたのだが、戦後は作家の訪独事例がほとんどないため、日本の同時代美術を紹介する手段も絶たれていた。ミュンヒェンにおける「Postwar」の展覧会では戦後日本美術が大きく取り上げられたが、ドイツでは比較的珍しいことである。1983年にデュッセルドルフで開催された「Dada in Japan」展の解説をみると、1960年代に入っても日本の戦後美術に関する情報はドイツに入ってこなかったと記されており、戦後期の日独美術交流には長期の断絶があったことが強く意識された。この空白時期の解釈について、戦中期までのネットワークに属した人物はどのような発言をしているか、注意深く見る必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は、第二次大戦期までベルリンの日本美術研究における中心人物であったキュンメルの研究ネットワークに焦点を絞って、ドイツで活動していた日本美術研究者が戦後どのような環境に置かれていたのか、個別の事例を調査する。具体的には、キュンメルの部下であった学芸員ライデマイスター、日本美術史研究者のルンプフ、画商ティコティンの三者について調査し、加えて1948年にハイデルベルク大学の東アジア美術学科を創設したゼッケルに関する資料や、独日協会の活動記録史を参照する。とりわけルンプフに関して、ベルリンの国立図書館には関連資料が所蔵されているため、同館のChristian Dunkel氏に協力を仰ぎ、所蔵の経緯等について調査を行う。矢代幸雄、児島喜久雄といった美術史研究者の言説については、国内の東京文化財研究所や東京国立博物館資料館、神奈川県立近代美術館において文献入手および調査を行う予定である。また前年度に引き続き、ベルリンの東アジア美術コレクションに関する文献調査および現地調査を行い、戦後の状況を検証する。あわせてベルリン日独センターや芸術図書館、中央文書館において文献調査を行う。 本年度の後半には、調査結果をふまえて中国近代美術を専門とするJuliane Noth氏(ベルリン自由大学)と意見交換を行う。また、韓国の現代美術史研究者Jung-Ah Woo氏(POSTECH)や、台湾および日本の近現代美術を専門とする蔡家丘氏(台湾師範大学)と意見や情報の交換を行い、発展的な研究の展望を得るよう努める。研究成果の公開として、2018年2月の米国College Art Association年次大会において研究発表を行い、多様な研究者からフィードバックを得ることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初二回を予定していたドイツにおける現地調査について、調査先の都合もあり一回しか実施できなかった。また、パソコン、カメラおよび周辺機器を購入する予定でいたが、過去に購入したものを継続して使用したため、今年度は購入を見送った。また資料として古書店において書籍を購入したが、想定よりも安価で入手できた。
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次年度使用額の使用計画 |
調査および論文執筆に使用するパソコン、カメラおよび周辺機器を購入する。またドイツにおける14日間の調査を一回実施するほか、アメリカでの学会出席のため出張を行う。ドイツで出版された日本美術に関する書籍を購入するが、古書のため高額となる可能性が高い。そのほか、プリンタトナーや記憶媒体を当初の計画通り購入する。
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