本研究では、おもに江戸時代後期から明治期にかけて製作された錦絵や染織製品などに用いられた赤色染料に着目し、実物資料および原材料の調査分析から、国産あるいは輸入の赤色染料の利用実態を明らかにすることを目的としている。 2016年度は、錦絵資料の調査分析を進めながら、再現試料の分析データを収集した。分析には、光学顕微鏡や顕微蛍光X線分析、分光計測、色素分析等を利用した。光学顕微鏡観察では、資料の状態を観察、和紙繊維の染まり方、色材の粒子の大きさや分布状態、紫外線に対する蛍光反応などを調査した。また、各種の分析結果を比較することで、含まれる元素が特徴的である赤色染料、たとえばエオシンなどは、顕微蛍光X線分析により推定同定が可能であることが示された。 先行研究により、錦絵の赤色は、1869年を境に色調が大きく変化することが示されている。1869年以前では、ベニバナに水銀朱などの顔料を混ぜて濃赤色を作っていることが多く、以降になると、コチニールと呼ばれるカイガラムシを原料とした赤色染料を粉末にしたものが広く使われていたようである。コチニールは、国内では産出しないため、輸入されていたと推測される。さらに、1880年代以降に製作された錦絵からは、合成染料であるエオシンが見つかっている。エオシンは、単独で使用すると赤桃色を示すため、濃赤色部分で見つかる場合には、別の色材と混ぜて使われていたと考えられる。他方、1869年に欧州で市販され始めた合成アリザリンは、単独で使用しても十分に濃い赤色が得られるが、明治中頃の錦絵でも見つかっておらず、錦絵には用いられなかった可能性が高い。以上から、錦絵の赤色に用いられた染料は、江戸期には国産のベニバナがおもに用いられ、明治に入り輸入材料に移行したと考えられる。
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