江戸期に利用可能な、おもな赤色染料はいずれも天然であり、ベニバナ、スオウ、アカネ、ラックダイ、コチニールが挙げられる。近代以降には、これらに合成染料が加わる。 まず、幕末明治期以降の錦絵の赤には、合成染料が用いられたと考えられていた点に着目し、この時期の赤の原材料について調査した。その結果、明治前期まではコチニールを原料とした赤色色材が、その後、合成染料であるエオシンが多用されていたことが明らかとなった。一方で、江戸後期に輸入された反物の見本裂からコチニールが見つかっており、染料として使われた染色布は色材よりも早くに国内で使用されていた。 ベニバナは、江戸期に染色布にも、錦絵の赤色色材にも使われており、いずれも国内で製造されていた。スオウは、古くから染料の原料として輸入されていたことが文献資料により知られているが、染色布として輸入もされていた。他方で錦絵などに彩色材料として使われていた事例は限られており、国内外のいずれにおいてもおもに染色に用いられていたものと考えられる。ラックダイの利用状況は、染料と彩色材料とでは輸入の形態が異なっており、彩色材料としては加工された状態で輸入されていたものと考えられる。近世近代におけるアカネの使用事例は、染色布としても彩色材料としても、本研究の調査内ではごく限られていた。 合成材料の利用は、染料として実用化したのは明治後半であり、彩色材料としては明治前期に使用が認められるものの加工された状態で輸入されていたと考えられる。 先行研究における分析事例もあわせて、おもに錦絵と染色布に使われた赤色染料について調査した結果、江戸期に国内生産されていたベニバナのほかは、染料利用と色材利用でそれぞれ利用の状況が異なっていた。国外産の原材料については、いずれも彩色材料として輸入される場合、加工された状態であったと考えられる。
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