研究実績の概要 |
最終年度は、サルヴァトーレ・シャリーノのオペラ/音楽劇に焦点を当てた。まず、シャリーノの作曲美学を詳細に検証し直し、彼のオペラ/音楽劇のなかで主題化される「待つ」というモティーフと、その表現と密接に関わる静寂や沈黙の音楽的構造を分析し、そこに生成される時間の美的特性について考察した。 シャリーノの作曲美学においては、沈黙や静寂と「自然」の表象が強く結びついており、作品の核をなしている。これは昨年度まで研究対象として重点的に扱った細川俊夫の作曲美学にも通じる。両者の比較分析によって、シャリーノ作品における「自然」の表象を特徴づける音響的な異化と屈折を、より鮮明化することができた。 これらの研究成果を、今年度は二つの国際学会で発表した。 2019年6月には、ライプツィヒ大学で開催された国際ブレヒト学会での口頭発表にて、シャリーノの《掟の門前》("La porta della legge", 2009)を取り上げた。主人公の経験する「待つ」という不条理な状況下で表象される時間は、進行しながら静止するという両義的な様相を呈するが、こうした時間の両義性は、異音の使用と、一つの音型を反復しながら微細に差異化してゆくシャリーノ特有の音楽語法によって具体化されていることを明らかにした。 2020年2月には、慶應義塾大学で開催された国際シンポジウムにおいて、シャリーノのオペラ《氷から氷へ》("Da gelo a gelo", 2006)を例に、「待つ」ことにおける時間と、そのなかでの感情の音楽的構造を分析した。『和泉式部日記』を題材としたこのオペラでは、女性主人公の「待つこと」が主題となっているが、孤独や意思疎通のすれ違いなどの否定性が原作以上に前面に押し出されている。こうした「待つ」状態に置かれた主人公が知覚する主観的な時間や自然がいかに音響化されているかを、楽曲分析に基づいて明らかにした。
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