本年度の研究成果は、以下の4点である。 1 論文「削除と伏字―谷崎潤一郎と窪田空穂の『源氏物語』現代語訳」を今野喜和人編『翻訳とアダプテーションの倫理 ジャンルをメディアを越えて』に掲載した。削除・省略箇所がある二つの『源氏物語』訳を比較し、戦中において古典を現代語訳した二人の翻訳者のそれぞれに異なる倫理のあり方を抽出した。 2 論文「谷崎潤一郎と口語文―佐藤春夫と芥川龍之介を補助線に」を「翻訳の文化/文化の翻訳」14号に発表した。昭和初めに谷崎潤一郎・佐藤春夫・芥川龍之介が口語文への関心を共有していたこと、ただし三者の議論の用語や力点は異なることを指摘し、三人の口語文論の要点を整理した。 3 本研究に一部関連する論文「与謝野晶子ー『源氏物語』と短歌」を今井久代・中野貴文・和田博文編『女学生とジェンダー 女性教養誌『むらさき』を鏡をとして』に掲載した。『むらさき』誌上での与謝野晶子の二つの『源氏物語』現代語訳への反応と、晶子が二つ目の『源氏物語』訳の各巻の巻頭に掲げた短歌に言及した。 4 本研究に一部関連する論文「小説の材料考―谷崎潤一郎『紀伊国狐憑漆掻語』」を「朱」62号に発表した。本論文は紀伊の山中の村の狐・河童・幽霊の話を題材にした谷崎潤一郎の小説を分析したものだが、関連して、同じく幽霊譚を材料にする谷崎の『小野篁妹に恋する事』が『篁日記』を現代語訳して作られていることを指摘した。谷崎の古典の現代語訳には御伽草子の訳である『三人法師』と一連の『源氏物語』訳があるが、『小野篁妹に恋する事』を現代語訳に準じるものであると位置付けた。
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