本研究は、奉納和歌がどのような歴史的経緯を経て生まれ、和歌史上にどのように定着したかを明らかにすることを目的とする。令和元年度は、(1)本研究課題の総括として、成果をとりまとめた書籍(単著)の刊行と、(2)1の成果を踏まえた上での発展課題への取り組み、(3)奉納和歌に関する基礎的資料の整備の継続を行う計画であった。 (1)については、予定通り『中世百首歌の生成』(若草書房、2019年7月)を刊行した。当該書籍では、百首歌という詠作形態に着目し、帝に〈奉る〉歌と神仏に〈奉る〉歌の双方から、中世百首歌の特質を明らかにした。本研究の最重要課題であった「奉納和歌」の定義について、平安期の用例を収集・検討することから、従来の狭義の「法楽和歌」や「奉納和歌」を包摂する、広義「奉納和歌」の概念を提唱し、どのような行為が当事者たちによって「奉納」と見なされているかを詳述した。(2)については、崇徳院遺詠長歌に対する俊成の返歌を調査し、成果を論文にまとめた(2020年度内に刊行予定)。院崩御後に俊成のもとに届けられた遺詠に対し、俊成は院と同じ長歌形式で返歌を詠み「愛宕」へと送った。この「愛宕へ送る」行為が院への追善供養であったことを明らかにし、以後密やかに連続する院追悼の動きとの関連性を指摘した。(3)については、「天神仮託歌集」に関する調査とデータ整理を実施した。奉納と同じ信仰心を土壌として生まれた作品に、神を作者に擬した家集・百首(仮託歌集)の存在が挙げられる。実施者はこれまで、天神に仮託された百首の伝本調査・分析を通して、従来未詳とされてきた天神仮託百首の成立過程の一端を明らかにし、表現分析や他作品との比較等を容易にするための本文データベースの作成に取り組んできた。本年度も、天神仮託百首の和歌について、出典や他出(他資料所見の有無)の情報を追加した。
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