研究実績の概要 |
本研究では、日本近代文学における江戸文化受容の歴史について、具体的な作品分析と書誌的な調査の両面から明らかにすることができた。単著『永井荷風』(東京大学出版会,2017)は第6回東京大学出版会南原繁記念出版賞を受賞し刊行され、書評等でも幸いに高い評価を得た。荷風の創作ノートについては発見が新聞等で大きく報じられ、論考「未発見草稿『二人艶歌師』『渡り鳥いつかえる』」が商業誌に掲載されたことも、研究の社会的意義が評価されたことを示す。これらの成果は市川荷風忌をはじめとする講演や商業誌の連載を通じて社会に発信している。 荷風以外の作家について、樋口一葉に関する論考「」では、『にごりえ』のなかに引用された歌を調査し、歌が登場人物の思考のリズムを縛り、女性としてのありかたに影響する様を明らかにした。また宮城県亘理町立郷土資料館所蔵江戸清吉コレクションから泉鏡花『銀鼎』原稿を紹介した上で、鏡花小説の典拠利用法と文体の関連について論じた。さらに日本近代文学館所蔵の宮崎三昧『辛亥日誌』について、三昧の書物蒐集から彼の江戸文化観を浮き彫りにし、三昧文学の持ちえた可能性と明治後期文学の関係について論じた。学会発表「小林秀雄『実朝』論――文献の位相」では、引用をテーマとする評論である『実朝』がそれ自体いくつかの引用を行っていることを明らかにし、書き手である小林の、模倣をめぐる言語意識について論じた。それぞれの作家の創作基盤としての江戸文芸の諸相を明らかにしえた。
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