本研究は、『苔の衣』(全4巻)諸伝本に関する書誌・本文調査を実施し、それぞれの本文を精密に比較検討することにより、諸本の関係について従来の通説を見直して分類し、どのような書写・享受過程を経て現存する『苔の衣』諸本の本文が形成されたのかを総合的に明らかにすることを目的とする。 本年度は、穂久邇文庫本系統に属するとされる龍門文庫蔵本(上中下3冊/上巻が巻1・2に相当)・内閣文庫蔵本(上下2冊/内容は巻1・4に相当)・上越市高田図書館蔵本(上下2冊/内容は巻1・4に相当)・東京大学文学部国文学研究室蔵本「苔の衣」(1冊/内容は巻3に相当)・天理大学附属図書館蔵本「宇治大納言物語」(1冊)、前田家本系統の前田尊経閣本(4冊)の翻字作業を完了した。また、昨年度から進めていた京都市歴史資料館蔵本の翻字作業を進め、完了した。 その結果、穂久邇文庫本系統の諸本は、これまで「古本系伝本として二類に分かつことができ、一類は龍門文庫本、穂久邇文庫本であり、もう一つは絵巻本文と見ることができる」(麻原美子「『苔の衣』絵巻の研究と本文 (一)」(日本女子大学紀要(文学部)36号、1987年)とされてきたが、見直すべきであることがわかった。詳細は論文にて発表予定であるが、本文としては穂久邇文庫本だけでなく、龍門文庫本や黒川四冊本をも重視すべきである。 また、前田家本系統と立命館大学図書館西園寺文庫本、黒川四冊本の一致が見られる箇所もあり、本文の成立についてはさらなる分析が必要であるが、本文の解釈においては、これまで参照されることが多かった前田家本系統のみならず、龍門文庫本や黒川四冊本といった本文をも考慮に入れる必要がある。
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