本研究は、19世紀後半から20世紀前半の日本を訪れた英国人女性と日本人との間の情動的関係を、旅行記及び文学作品の研究を通して描き出すと共に、その政治的意義について考察するものである。特に、英国人女性科学者、日本人と結婚した英国人女性、また日英の国際結婚から生まれたミックス・レイスの女性に注目することで、ジェンダー、人種の狭間に置かれた女性達が、如何に制度化された差異の境界線を超える、或いは変えられるのか、それに文学がどのように貢献するのかを検証した。 具体的には、Yei Theodora Ozakiの文学活動を、日本人の父、英国人の母を持つ彼女の出自の複数性に注目し、クリティカル・ミックス・レイス・スタディーズの視座から分析することで、彼女が日英両帝国の人種言説に翻弄されつつも、文筆活動を通して主体的にそれに挑戦し、反言説を作り上げていたことを明らかにした。日露戦争がOzakiの文筆活動の転換期となっていることも確認した。また、国際的人脈と語学力を活かして日英米の女性達のネットワークを構築し、擬似外交活動を行っていたことを評価しつつも、結果的に日本のプロパガンダ活動に加担していること、米国日本人移民内の階級問題に無自覚であることを指摘した。 ネットワークというテーマは、女性科学者たちの活動を検討していく上でも有効な切り口であった。Marie Stopesが日本滞在中に立ち上げたLondon University Union in JapanやDebating Society、Matilda Chaplin AyrtonのEdinburgh Seven、Somerville Clubでの活動、パリの人文医学英米女学生大会の開催、また男女共学の必要性に関する訴えなどから、先駆的個人を支える相互支援ネットワークの必要性を確認し、彼女達の男女・文理・人種の境界を超える活動を追った。
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