平成30年度は、英仏短期留学制度の広報に関わったのちに、ノワール文学の祖となったジェームズ・M・ケインに調査を移行した。関連資料収集は、アメリカ議会図書館で重点的に行った。調査の結果、留学広報紙の発行に編集者として関わっていた戦時中の職務経験を、ケインが戦後、否定・隠蔽しようとしていたという、意外な事実が明らかとなった。これはF・スコット・フィッツジェラルド『偉大なるギャツビー』において、主人公ギャツビーが留学経験を称揚していたことと好対照をなす。ケインをめぐるこの調査結果については、今後、さらに考察を深め、英仏短期留学制度の全体像に、彼の戦争体験を、多角的に位置づけていく予定である。 この在外調査と並行して、本年度は、平成28・29年度に調査をした人物・トピックについて、学会発表を行うことができた。発表では、英仏短期留学制度に関わった批評家・作家らが、速読批判の思想を共有し、その読書理念を復員兵ならびに大学生に伝授しようとしていたことを論じた。発表の過程で、短期留学制度の立役者となっていたジョン・アースキン、その弟子筋にあたるモーティマー・アドラー、さらに短期留学生にして新批評家のジョン・クロウ・ランサムを取り上げることができた。また、彼らが築き上げた速読批判言説は、第二次世界大戦後、GI法のもとで編成された高等教育政策にも強い影響を与えていたことを、あわせて論じることができた。その結果、第一次世界大戦直後に5カ月間だけ実施された英仏短期留学制度は、戦間期だけでなく、冷戦初期合衆国における思想形成にまで一役を買った、壮大な教育実験であったことを、浮き彫りにすることができた。この報告実績についても、近年度中に論文へとまとめあげていく予定である。
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